Lordの日記

遊び学ぶ居心地の良い空間創りがLordのテーマです

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勝ち負け

20060706201534
 勝ち組・負け組という二項対立の図式で社会を分析する手法は、古典的であるばかりか多分に恣意的です。何事も勝ち負けに興味のある(勝ち負けにしか興味のない)国民性は、この国のジャーナリズムの言説にその特徴を見ることが出来ます。勝ち負けというデジタル化された記号の持つ意味は、そんなに大きなものなのでしょうか?
 サッカーと数学が好きです。どうして?と尋ねられると美しいからと答えます。サッカーは肉体とボールと創造力の美学です。数学はその存在自体が美しいと感じます。どちらも小さい頃から好きでしたが、美しいと感じたのは、20歳を過ぎて海外ででした。一生懸命取り組んだ学校の部活や受験数学は常に競争であり、その結果はいつも勝ちか負けに記号化されていました。
 自分自身の能力の欠如に因るところも多分にありますが、美しいと感じてからは楽しめるようになりました。「好き」が「楽しい」になりました。楽しい時間が終わり、勝ち・負けというある種デジタル的な記号化がなされると、それで完結であり、それ以降の如何なる言説も意味を持ちえませんし、興味もありません。
 数学の美が証明結果ではなくその過程にあるように、サッカーの美は勝敗でなく試合そのものにあります。勝敗に関わり無く、ペレやクライフやジーコやマラドーナやジダンは、試合の終ったグランドでいつも妙に穏やかで寂しそうに見えました。8月31日の夜の小学生のように。もちろんサッカーの楽しみ方は人それぞれです。イタリアの選手は美しいもアリです。
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