Lordの日記

遊び学ぶ居心地の良い空間創りがLordのテーマです

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親父さんのトマト

20060715192702
 「野菜食べてないだろぉ。家のトマトは、ちったぁましだぁ。」と言って、近所の親爺さんが採れたてのトマトをくれます。自分の家で栽培した新鮮な野菜をいただくと、殊の外嬉しいです。野菜不足も親爺さんの指摘どおりですが、嬉しい理由は他にもあります。
 トマトがトマトの味がすると言うと、そんなの当たり前だと突っ込まれそうです。見かけは特別良い訳ではありません。噛ると小さい頃に食べたトマトの味がします。普段都市のスーパーで買うのは、見かけこそトマトらしいトマトで色も鮮やかですが、あまり味がありません。
 しばらく忘れていた、植物系の少し青臭くて甘酸っぱいトマトの味に郷愁を覚える度、ふと不安になります。コジェーウ゛の指摘通り、明らかに無意識のうちに『動物的』な消費行動を繰り返しています。そして大きなデータベースを背景に、シミュラークルレベルの欲求を満たす日々です。
 トマトの不安は、映画『Matrix』にボードリヤールの英語版『シミュラークルとシミュレーション』が映った瞬間に感じたものと同種のものです。人間のDNAに刻まれた記憶を、香や味が呼び覚ましてくれるとしても、都市に生まれた子供たちには表面上解読不可能です。
 Lordも現在の消費社会を前提に存在する以上、シミュラークルとデータベースの二層化された消費構造の内部にいます。都心のスーパーのトマトではなく、親爺さんの庭のトマトです。どちらも本物であり、優劣はありません。商品価値は前者の方が高く、後者は単なる『装置』可しつつあります。
 Lordを野性の思考に対する『装置』(=親爺さんのトマト)とする仮説の彼岸には、Hyper-Lordの登場も考えています。
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