Lordの日記

遊び学ぶ居心地の良い空間創りがLordのテーマです

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天気雨

20061029163633
 幾つになっても、尊敬する先生の講義を聴いているのは、至福です。素晴らしい師の講義からは、数百冊の名著を読む時の幸せが一気に押し寄せて来るような、興奮を感じます。不器用なので、講義を聴きながらノートをとるのは難儀です。師の言葉や表情の総てを一つ漏らさずなどと考えると、極度の緊張と集中を要求されます。また可成の事前準備も必要になります。ところが一旦講義が始まると、それらは何処かへ霧散し、只々至福の時を過ごすこととなります。
 音楽・演劇・美術等の芸術やスポーツそして建造物・料理に至まで、その道に人生を賭け磨き上げてきた匠の技を目の当りにした時、至福を感じます。それらが一旦写真・映像・記事等のメディアを通過するとまったく別物になってしまい、現場の感動はありません。至福の時に、上手下手などの評論をしていることはなく、その世界で無邪気に遊ぶ自分がいるだけです。よく講義の上手下手が議論になりますが、殆どの場合本来は、『中身の無い講義』か『受講者の適性欠如』を論点にすべきです。
 高校時代のY先生はアメリカ育ちで、「数学Ⅲ」と「英語購読」を担当しておられました。数学の授業で熱くなってくると、授業が英語になります。言葉も板書も総て英語です。早口でテクニカルタームも多く、とても受験英語で太刀打ち出来るレベルではありません。さらに授業は頻繁に脱線し、教科書には出て来ない証明が時間の半分以上を占めます。数学が分からない上に英語が分からないのですから、クラスの皆は眼が点で茫然と授業を受けていました。何も指示や約束事は無かったのですが、英語の質問には英語で答え、定期試験の答案も英語で書くようになっていました。
 返ってくる試験結果には必ずMath75/Eng62と、二つの点数が書かれ英語の部分は真っ赤に添削されていました。「受験に関係無い!」と何かにつけ先生に注文を付けていた、うるさ型の秀才君達ですが、Y先生に苦情を言う者はいませんでした。これは単に、英語でのクレームの付け方が分からなかっただけだと思いますが。このY先生の授業に至福は全く感じませんでしたが、泣きながら笑って、所謂天気雨状態の吉本新喜劇か松竹新喜劇のような楽しい授業でした。以後私の人生もLordもこの泣き笑い状態の連続ですが、それをこうして楽しめるのもY先生のお陰と感謝致しております。
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