Lordの日記

遊び学ぶ居心地の良い空間創りがLordのテーマです

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手紡ぎ手織

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 今朝、軽井沢店開店時の気温が5℃でした。過去の業務日報を調べてみると、Lord開店以来この時期としては最低記録のようです。今日は曇っていて一日気温が上がらず、日中も7℃位かと思います。お散歩も傘と暖かいジャケットなどが必要です。明日は晴れて気温も20℃以上まで上昇するとの予報が出ていますので、服装もがらっと変わり体調管理が大変です。私のように寒がりの方は、今日はちょっと大袈裟目の格好で外に出られて丁度よいかと思います。
 私が寒がりだからという訳ではないのですが、軽井沢店には一年を通して手紡ぎ手織のマフラー・ミット・帽子・ケープなどが並んでいます。例年、梅雨明けの7月下旬からお盆明けの8月中旬過ぎまでの約1ヶ月間を除くほとんどの時期、これらが重宝します。梅雨が明ける迄やお盆が過ぎた頃には、暖房を使っているお店や家庭も結構あります。真夏の日中暑い日でさえ、朝夕の気温は下がります。高原の朝のお散歩や夜の外出に、お洒落なケープなどは一年中重宝します。
 ホームスパンのコーナーにある商品はすべて、昔から変わらぬ素材と製法により日本(盛岡市)で作られています。原毛は英国製の羊毛を使用し、人の手で紡ぎ織り上げられたものです。完全なハンドメイドですから、どれ一つとして同じものはありません。「この間のと同じものをもう一つ」と言われても、全く同じものはありません。シンプルで自然な色の製品は、並んでいるのを見ているだけで暖かさが伝わってきます。手に取るとどれも羽のように軽く柔らかくて、幸せな気持ちになります。
 毎年男性の皆様からもご好評いただいているのが、ホームスパンのハンチングです。デザインは至ってシンプルですが、一つ一つ丁寧に作られており、上品な紳士の休日にお勧めの逸品です。普段帽子を被る機会の少ない方も、ぜひ一度鏡の前でお試し下さい。軽井沢でのお散歩やゴルフ・釣りなどはもちろんですが、都市でもお使いいただける洗練された色と柄も揃っています。お洒落や日よけとしてだけではなく、ハンチングの本来の機能-保温効果にも優れていることは言うまでもありません。雨と霧の多い軽井沢では、頭もちゃんと温かくしてお出掛け下さい。
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Have a nice weekend.

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 金曜日の午後は、気分が盛り上がってくる人も多いのではないでしょうか。職業や勤務形態は様々で一概に決め付ける訳でもありませんが、盛り上がっている人が多いであろうと思います。Lordの場合は金曜日の夜から日曜日の午後にかけてお客様が多くなりますので、私たちはまたちょっと違った意味で気分を高揚させています。週末が仕事でそれも平日より忙しくなるにかかわらず、私も金曜日の午後はなぜかウキウキしています。子供の頃からの条件反射と、街全体の雰囲気がその理由だと考えます。
 私が小学生の頃は、まだ週休2日制などよその国の話でした。土曜日の午前中は、学校も会社もやってました。「半ドン」と呼ばれる土曜日の午前中は、ソワソワしていた記憶があります。土・日が特別な日ですから、金曜日の夜は訳も無く楽しく感じていました。金曜日の午後というだけで無条件にウキウキするのは、あの頃からずっと変わりません。土曜日や日曜日が試験や部活の試合であっても、金曜日の午後の気持ちに変わりはありませんでした。私が待ち遠しかったのは、単に休日ではなかったようです。
 軽井沢の金曜日の午後の雰囲気は、月曜日から木曜日までと変わりません。金曜日が定休日の飲食店があるくらいですから、街に表参道や青山のような金曜日の夜特有の開放感や賑わいといったものはありません。外はひっそりしていても私は勝手に盛り上がっていますので、軽井沢店の店内は毎週金曜日の午後から夜にかけて変わります。この時間は、ちょっとした週末のパーティ気分です。閉店して外に出ると、そこは何処までも続く深い闇と静寂だけの世界です。
 「楽しそうだね」と、先程突然お客様に声を掛けられました。私はその瞬間、小さな字でびっしり書かれたある商品の説明書を読んでいたので、ちょっと意外でした。「そうですか?」「音楽に合わせて体が動いてるよ」「それはないですよ」「何か好い事あった?」「全然!」。体は動いていませんでしたが、全体的なイメージで金曜日のウキウキ感が伝わったのかもしれません。海外では金曜日の夕方別れる時に、「よい週末を!」(Have a nice weekend.)といった挨拶をします。この一言を聞くたびに、言ってる本人の気分の盛り上がりがドカンと伝わってきます。
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許された瞬間

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 お天気は一転冷たい雨が降り、暖房器具フル稼働の軽井沢店からです。昨夜帰宅時は濃霧で、店舗を出たところで「遭難しないように気を付けて!」と声を掛けられました。歩き慣れた道なのでさすがに遭難はありませんが、ロマンチックを通り越して不気味な雰囲気でした。緊迫した戦争映画やオカルトあるいはホラー映画のシーンのように、目の前をゆっくり流れる厚い霧とその向こうには闇。早足で歩いていると、白い闇から突然現れる木の枝にびっくり。帰り着いて光の中で見ると、全身がびしょ濡れです。
 以前撮影の際に薄っすら霧の流れる戸外で、『アリスのチェスセット』をガーデンテーブルに並べてみると、駒が生きて動いているように感じたことがあります。Lordで毎年人気者である『アリス』『ピーターラビット』『シャーロック・ホームズ』などの英国から来たチェスセットは、軽井沢店にいる時、時々動いて遊んでいるのかもしれません。夜中にこっそり店内を覗いてみると、皆で大騒ぎをしていたりして。かつてジョン・レノンも、軽井沢の雰囲気は自分の故郷と繋がるところがあると、とても気に入っていたそうですから。
 朝の掃除をしていて、たまに「どうしてこれがここにあるんだろう?」ということがあります。毎回記憶には無いのですが、「昨夜、自分が無造作に置いたんだろう」ということで片付けています。次回からは、アリスたちを疑って尋ねてみる必要があるかもしれません。自分の物忘れの酷さを人のせいにするものではないよと、ホームズに意見されそうな気もしますが。霧は童話や物語の主人公と会話をしてしまいそうな、不思議な空間を醸します。「一度病院へ行った方がいい」などと言わないで下さい。
 学校で物語はデノタシオン(明示的意味)とコノタシオン(暗示的意味)の重層構造であり、コノタシオンの読み取りが重要であると教わりました。例えば、主人公が突然「僕帰る!」と叫んだシーンで、「主人公の少年はこの時どんな気持ちだったでしょう」などという設問があり、「帰りたかった」などと解答するとまず×です。あるいは、弘子は必死で自転車を走らせて学校へ向かったというシーンで、「弘子はどうして学校へ向かったのでしょう」という問いに対し、「自転車で」と解答しようものなら先生にふざけるなと叱られます。
 社会的なコミュニケーション能力の大部分がコノタシオンの読み取りの適否にかかっている以上、デノタシオンに固着する子供は学校や社会に不適応などという判断をされてしまいます。書物では物語の登場人物の言葉から、コノタシオンを読み取っています。それに対して霧の中での彼らとのやり取りは、デノタシオンのラリーだけのような気がします。教育を受ける前の小さな子供たちが、動物や木・花・虫・石・人形などと話している時、そこには大人には聴こえない会話が存在していそうです。いろいろ知り過ぎた大人の私達にそれは不可能ですが、唯一許された時間と空間、それが霧の中だとしたらどうでしょう。
 また、「疲れてるから病院に行きなさい」という声が聴こえてきそうです。
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輪郭

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 Lordの衣類でお馴染みCU'sの、今年の新作トートバッグが入荷しました。男女を問わずバッグ好きのお客様が多いLordでは、新しく並ぶバッグへの注目度が高く、「入荷したら先ずブログで紹介して」というご要望にお応えして、今回は陳列と同時のアップです。キュズさんらしく見た目は当然ながら、細部まで行き届いたデザインはバッグでも健在です。内側の仕上げや軽さなど書きたいことは山ほどあるのですが、先ずは店頭で手にとって御覧下さい。私の余計なお喋りはその後で…。多分必要無いと思いますが。
 これからの季節ちょっとお出かけという時に、私もこんなカラフルで軽くてタップリ入るバッグがあると嬉しいのですが、残念ながら女性用のデザインです。肩に掛けてるだけで楽しい気分になりそうです。着てて持っててワクワクウキウキ楽しくなる物が好きですが、男性用には少ないようです。ユニセックス化も進んでいるとはいえ、男性向け市場の更なるワクワクウキウキ化を期待しています。素材・製法・長く使えること等などと並んでこのワクワク感は、Lordの商品に共通する大切な要素です。
 一般論として、素材・製法などは目で確かめることが可能でコンセンサスは容易に取れますが、ワクワク感となるととても複雑です。手に入れたその時はどのような物でも、自分の意思であえて購入した訳ですからワクワクします。ワクワク感の実在は検証できませんから、高い買い物であればあるほど妄想かもしれないと疑いがあるとしても意地でもワクワクします。時間が経つにつれメッキは剥れますし、意地もなくなります。こんなに物が溢れていますが、使い続けて時が経っても、手に入れたとき以上のワクワク感がある物との出会いは限られています。
 「良い物を見つけた」と笑顔で帰られるお客様の、その時の笑顔が数年後もその時未満にならない商品を並べてみると、総てにおいてシンプルであることに気付きます。シンプルなんだけどお洒落で使いやすい。世に星の数ほどある商品の中では、インパクトに欠けると言ってもいいかもしれません。インパクトの希薄な物ばかりが並んだ空間に瞬間的なインパクトはありませんが、継続的なワクワク感が存在しています。不可視で検証不可能で、至って主観的で曖昧な感覚の要素化の可否はさて置き、異空間での手探りは今しばらく続きます。
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アンドロイド1号

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 蝉の声を聴いたような気がしましたが、気のせいでしょうか。昨日今日は突き抜けるような快晴で、軽井沢でも昼間は半袖のシャツで気持ち好くお散歩が出来ます。といっても私は、昼間は季節に関わりなく、一年中同じ服装で店内に籠もっています。いつもこういった書き出しは、通りをガラス越しに眺めて道行く人の服装や表情などを見て書いています。通勤で外を歩くのは午前9時以前と午後9時以降ですから、高原では一年を通して半袖一枚で外を歩くことはほとんどありません。
 お客様が寒い日は暖かく、暑い日は涼しく感じられるLordの店内は、実際は一年中同じ温度・湿度です。ご存知のようにLordの商品は季節によって変わる性質のものでもありませんので、どの季節に来られても同じです。従って店内の香りも一年中変わりません。音楽はといえば、夏は涼しげなハワイアンということもなく、一年を通してモーツァルトかバッハが流れています。この様に一年中同じ服装で同じ物と環境の中で淡々と働くLordのスタッフを、近隣の方々はアンドロイドと呼んでいるそうです。
 言われるまで意識したことは無かったのですが確かにその通りで、毎年毎日見ている高原に住む人達には、変わらぬセットと装置の中で動く不思議なロボットに見えているのかもしれません。何度かこの日記にも書いていますが、一日の半分をこの空間で過していると、戸外の変化や時間の進行とともに店内の空間が絶えず変化しているのが分かります。空間は生き物のように休む事無く動き続け、その感覚的変化は、時として目視可能な物理的変化以上にその表情を変えます。私たちに、常に同じ空間という意識はありません。
 そして何より、この空間で日々刻々起こる出来事は総て新鮮です。同じ日・午前・午後・夜などありえません。これまで2万5千時間にも及ぶ軽井沢店の営業時間の、最初の1秒から今この瞬間まで、常に新しい出会いや出来事の連続です。もちろんそこでの主役が人であり、出来事がコミュニケーションであることは言うまでもありません。次から次に繰り出される新たな出来事は、私の予測や想像・創造など遠く及びません。決して大袈裟ではなく本当に、毎日が新しい驚きと感動の連続です。
 空間をメディアとして止め処なく湧き出るコミュニケーションの泉で、今日もアンドロイド1号は泳ぎます。
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脱出装置

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 パラシュート(落下傘)を着けて、初めて降下した人は偉いと思います。文献では9世紀に塔から飛び降りた人の話や、有名なダ・ヴィンチのスケッチの話を読んだことがあります。またその後、気球や建造物からパラシュートを着けて飛び降りた人も多かったであろうと、勝手に想像してしまいます。ほとんど静止に近い状態から落下予定地を目視し、そこへ向かって飛び降りるというのがその頃のパラシュート降下であったろうと思います。
 ここで気になるのは、上空を高速で飛ぶ飛行機から初めて降下した人です。記録上は1912年3月1日、アメリカ陸軍のA.ベリー大尉の降下が最初だそうです。彼は勲章をもらって、将軍になったのでしょうか?現在のパラシュートはナイロン等の合成繊維だそうですが、当時の素材は何だったのでしょうか?降下高度の最高記録はとみると、31300m・・・想像がつかない・・・成層圏です。誰だ?もちろん名前を聞いても知らないのですが、アメリカ空軍のJ・キッテンジャー大尉だそうです。アメリカ軍の大尉は凄い。因みに彼は大統領から多くの勲章やトロフィーを授与され、最後は大佐で退官したそうです。
 1959年に樹立されたこの記録は、今も破られていません。このプロジェクトは、高空における航空機からの安全な脱出法の研究に多大な貢献をしたそうです。新しいエアバスのプロモーション映像を観ていて、「なぜ旅客機には脱出装置が無いのだろう」と素朴な疑問を抱きました。上空からの脱出には、私などの想像も及ばぬ様々な危険があるだろうと思います。ただこれだけ技術が発達し航空機の性能も向上しているのに、快適性のアップだけがセールスポイントというのも寂しい気がします。空を飛んでいる限り、どんなに快適でも不安定です。
 離陸前の機内ではアテンダントが救命胴衣の実演をしますが、これは目で見る限り私が子供の頃からそんなに変わってはいません。救命胴衣は着水してから役立つものです。パラシュートは危険かつ怖くて万人向けではないので、脱出カプセルのようなものがあればいいと思います。応接間のようなファーストクラスの宣伝には惹かれませんが、「全席脱出カプセル付!」と言う広告に出会ったらきっと搭乗してしまいます。もちろん使う事は無いでしょうが。航空機に限らず様々な危険からの脱出装置というのは、もっと有ってもいいかと思います。脱出産業や脱出業界の皆さん、よろしくお願いします。
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妖精の住処

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 今朝お客様から「軽井沢の妖精スポットてどこですか?」と尋ねられました。心霊スポットという言葉は聞いたことがありますが、妖精スポットという言葉は初めてです。「妖精スポットですか…?」「ネットで軽井沢 妖精 場所 で検索したらLordのブログと出会って、いつも日記に軽井沢には妖精がいるって書いてますよね?」「あ、あぁ…そういえば…いそうな気がすると…」。という訳で私が妖精に会えそうだと考える場所を数箇所お教えしましたが、会えましたでしょうか?
 ご存知のように妖精は、ケルト系の民話など西洋の説話によく出てくる超自然的な存在です。その概念は自然物の精の擬人化、不老不死の人が住む死後の国の想像、神々の零落した姿、被征服先住民たちの記憶などに基づくといわれています。自由に隠顕し、善には善、悪には悪で報い、悪戯が大好きといった点などが共通した性格といえます。ゲルマン神話やギリシャ神話等の他、シェークスピアの『夏の夜の夢』など文芸作品の中にも登場し、遠くアジアの地に住む私達にも馴染み深い存在です。
 今も昔も空想好きな子供達にとって、神話はネタの宝庫です。ゲルマン神話のエルフやギリシャ神話のニンフなどの妖精をモチーフにした人物は、今日のマンガ・アニメ・ゲームなどにも数多く登場しています。ゼウスの娘で美しく特定の場所の精であるニンフは、樹木のドリュアデス、川や泉のナイアデス、森のアルセイデスなど日本人の感覚にも通じるところがあるのかもしれません。オルフェウスの妻エウリュディケが夫の苦労にもかかわらず、約束を破って後ろを振り返ったため再び冥界に引き戻されるシーンなどは、子供心に強いインパクトと教訓を感じ取ったものです(後に原著にふれると、子供用に書かれたものとはイメージが違いましたが…)。
 子供のころは漠然とした抽象的概念とその大切さなどを、神話やそこに登場する妖精達から教わっていたような気がします。その後レヴィ=ストロースやラカン等を学ぶにつれ、神話や妖精の読み方も大きく変わりました。読み方が変わった現在も、身近にいそうな気がすることに変わりはありません。いや、子供の頃より今の方が、よりその存在を確信する瞬間は多い気がします。特に軽井沢では…。こんな事を書いてしまうと、また『スポット』を尋ねられてしまいそうですが。
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夜食

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 夜になると、「何か食べる物は置いてないですか?」と入って来られるお客様がいらっしゃいます。大概は若い方で、夕食が足りなかったか夜食の備蓄といったところのようで、お土産を探しておられる訳ではありません。私もたくさん食べるのでよく分かりますが、夕食でいくらお腹一杯食べても2時間もすればまたお腹が空いてきます。旅先で普段より早く6時頃に夕食をとってしまうと、寝るまでにもう一度食事が必要になります。
 夕方にティータイムを取り軽くお腹に入れておいて、仕事やコンサート・映画・スポーツ・ショッピング等が終ったらゆっくり遅い夕食をという都市型の生活に慣れていると、軽井沢では勝手が違います。私が学生時代の軽井沢は多くの店舗が深夜まで営業していましたので、夕食後のお散歩も楽しみの一つで結構食べ続けていた記憶があります。従って書斎や空間がテーマのお店に、食べ物を求めて迷い込むということはありませんでした。
 残念ながらLordに食べ物はありません。口から入れていい唯一の物といえば、ビューリーズの紅茶です。ビューリーズはLordの開店以来定番となっている、アイルランドの美味しい紅茶です。いつも店内のどこかに並んでいますが、贈答などでまとめて出ることも多く陳列場所や在庫は絶えず不確定です。以前は紅茶の横に同じくビューリーズのショートブレッドが並んでいましたが、ほとんど私が買い占めて食べてしまいました。紅茶だけではお腹は膨らみませんので若者たちは落胆し、次なる店へと彷徨を続けます。
 背中を丸め霧の中へと消えていく彼等の後姿を見送っていると、申し訳ない気持ちと同時に私のお腹も鳴ります。ウースターのカップにローズティーを注ぎながら「丁度これからティータイムです。よろしければ一緒にいかがですか?」などとお誘いし、Ekelundのシンプルなクロスが敷かれた丸テーブルのダークフルーツケーキとジャムロールとレーズンナッツチョコレートを「一人なので生憎こんなものしかありませんが」とお勧めする…。店内でこんなサービスをすれば彼等は喜んでくれるかな…などと考えながらPCを打ちアンパンをかじる私に、そんなゆとりはありません。
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開いててよかった

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 5月に入ってから週末は必ずお天気が崩れていますが、今週も明日から雨の予報が出ています。毎週末を軽井沢で過される方々からすると、「軽井沢はいつも雨」ということになってしまいます。月曜日から金曜日はずっと快晴なのですが…。雨の休日はお客様も店内でゆっくり過される事が多く、私は落着いた雰囲気の中でたくさんお話が出来て嬉しいです。軽井沢名物の霧の中を歩くのも、ヒンヤリしてとても幻想的でお勧めです。一枚上着をお忘れなく。
 今シーズンの営業を始めてから、毎日何件か「今日は営業しています?」というお電話をいただきます。営業を確認するお電話は、昨年までは週に一件有るか無いかでしたからちょっと不思議です。それだけ今年は、繁忙期以外は閉店しているお店が多いのかもしれません。楽しみにしてわざわざ長い道のりを歩いて来られたり、駐車場を探しして車を停めてお店に着いたら閉まっていたでは、精神的ショックも大きいかと思います。お店の多くが入れ替わっていることも、お問い合わせの増に繋がっているかもしれません。
 Lord軽井沢店は、4月中旬のオープンから11月下旬のクローズまで無休です。メンテナンスや特殊な事情でお休みをいただくこともありますが、その場合は必ず事前に店内とホームページで告知させていただいております。営業時間は10:00~20:00で、これも営業期間中は変わりません。普段の週末や休日と7・8月は、この営業時間が前と後に延長されますますが、短縮されて早く閉まったり遅く開くということはありません。営業期間中の営業時間に、何の事前のお知らせも無く軽井沢店が閉まっている場合、それは『事故』で始末書ものです。(先日停電でありましたが…)
 豪雨や台風の時も、お客様の有無に関わらず、営業しています。「そんなの当たり前だろ!」ということなのですが、それが当たり前でないから不安を感じ、御問い合わせをいただくのだろうと思います。一昨年、台風の夜8時過ぎに、「まさかやってるとは思わなかった」と言いながらお客様が入って来られました。「まさかお客様が来られるとは思わなかった」とお返して大笑いでした。その夜はあまりの風雨の強さに閉めて帰るタイミングを外し、店内で困っていたのですが・・・でもまあ、開いてて良かったです。
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粒子と波動

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 朝までサッカーの欧州チャンピオンリーグの決勝をTV観戦していた為、外に出ると強い陽射しが眩しくて涙眼になります。終ったら少し仮眠をと考えていたのですが、試合は1-1のまま延長戦でも決着がつかずPK戦にもつれ込んでしまいました。決勝戦に相応しい素晴らしい試合は、劇的な幕切れでした。試合中はグランドの集中と緊張が伝わり、ほとんど釘付け状態でした。終ってもしばらくは興奮状態が続き、時間が無かったこともあるのですが、仮眠どころではありませんでした。
 中間試験時期の中高生諸君は時間のやり繰りなどで大変だったでしょうが、あの試合なら観た事を後悔している人はいないでしょう。興奮状態のまま、試験で点取っちゃって下さい。無責任オヤジのお気楽発言に、「おまえこそちゃんと仕事しろよ!」と中高生の檄が飛んで来そうです。これだけ科学も発達してるのですから時間と空間をちょっと捻じ曲げて、欧州のビッグイベントを極東の島でも時差無く楽しめるように出来そうな気もしますが、その前にビデオを買えと言われるのがオチなのでこれ以上は止めておきます。
 Lordのテーマは空間ですから、店内で過している間は常に空間の事を考えています。「物じゃないの?」と不思議に思われる方も多いかもしれませんが、軽井沢店でも頭の中には先ず空間があって次に物です。原子レベルでは如何なる物質も刻々と変化しているのでしょうが、私達はある程度のまとまった時間を通してしかそれを知覚する事が出来ません。それに対して空間の変化は、五感を通して絶えず感じる事が出来ます。光・音・香り等の波動を視覚で捉えることが出来たら、どのような空間もさぞ賑やかなことだろうと何かの拍子に考えることがあります。
 世界を代表する一流選手たちが集まるビッグチームのサッカーは、ボールが動く前に先ず空間が動きます。空間を作り、空間に飛び込み、空間を潰しといった具合に、かなりのスピードでフィールド上の限られた空間の争奪が行われます。新たに作られた空間にすばやく流れ込むプレーヤーは粒子のようで、一気に攻めあがるラインは波動のように見えます。ボールはその空間の間を、滑るように行き来します。これら一連の動きは確かな技術と鍛えられた身体の為せる業である事に間違いはありませんが、教えられたりその場で考えて出来る事ではないと思います。そこには選手一人一人が潜在的に持つ、見事な創造性と感性を感じます。
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スウェーデンからのお知らせ

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 スウェーデンのEkelund本社から届いた商品の間に、一枚のお知らせの紙が挟まってました。A4の厚めの紙の表裏に、欧州の7ヶ国語でメッセージが印刷されています。英語の表題は「Opening hours during the Summer 2008」です。毎年この時期には、同様なお知らせが届きます。それによると「7月7日から8月8日までの間、Ekelund社の電話交換台と受注部門の営業時間は、8:00から12:30まで」ということです。片面の一番下には黄色く大きな太陽のイラストが入っています。
 昨日のLord表参道店のブログには、Ekelund本社工場の二階のオフィスからは湖が見えるという記述がありました。また空気中のチリが少ない為、赤い夕焼けにならず黄色い太陽が沈むと書かれていました。待ちに待った短い夏を心から楽しむため、Ekelundのスタッフたちは湖の見えるオフィスで午前中に集中して仕事をこなします。午後は黄色い太陽を全身に浴びて、家族や友人と思い思いに過します。Ekelund製品に描かれる太陽がどれも明るく黄いのは、そんな彼らの思いの現れかもしれません。
 Lordも8月中は8:00から12:30の営業でといきたいところですが、この国の習慣には馴染みそうにないので断念します。でもせめて8:00~12:30営業・12:30~18:00お昼寝休憩・18:00~22:00営業といったパターンにできたら嬉しいのですが…はい断念します。夏の間のEkelundは、スタッフが交代で長い夏休みを取り営業は午前中だけになっても、極東の島国にあるLordからの面倒臭いお願いや無理難題には全て応えてくれます。特に軽井沢店は夏が繁忙期なので、そのわがまま振りは半端ではありません。
 「日本人は壊れてる」と思われているかもしれません。毎週スウェーデンから届く箱を開けると、独特の香りが店内に漂います。窓の向こうに広がる湖畔の朝の情景を眺めながら、広く爽やかなオフィスで大切に詰められた織物の香りです。箱を開ける私も、ゆったりとその香りを楽しみながら、一枚一枚丁寧に拡げねばなりません。スウェーデンの世界一古い同族企業からは、多くの事を学びました。どんな時も慌てず騒がずゆったり爽やかで、迅速かつ正確な対応、そして何より人を大切にし、正直で心の通った思いやりのあるコミュニケーション…。「学ぶ前に当たり前だろ!」と聞こえて来そうですが、私が社会人になりたての頃の新人研修では、ほとんど逆の教育を受けた記憶が・・・。特殊な例だったのでしょうか。
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像のズレ

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 ようやく東の空が白み始めた明け方に、大雨の音で目が覚めました。建物の構造もあるのでしょうが、再度心地好い眠りに入ろうと流した音楽も、雨音に掻き消されてしまいます。ではちょっと賑やかな曲をとCDを変え、ボリュームもあげてみました。大きな雨音と賑やかな音楽がぶつかり、部屋の中は都会の喧騒を思わせる状態です。すっかり目が覚めてしまい、シャワーと読書で時間を潰す事にしました。せっかく軽井沢で早起きしても、お散歩に出る訳にもいかず残念でした。
 開店する頃には雨も上がり、太陽が出てきました。現在は初夏を思わせる爽やかな快晴ですが通りに人影は無く、鮮やかな新緑がひと際目を引き眩しいばかりです。外に出てみると、この時期にお客様が頻繁に使われる「軽井沢の貸切状態」という言葉の意味がよく解ります。これから梅雨前までの新緑の時期の平日は、人や車も少なく緑と空気が格別に美しく感じられます。お時間のある方にとって、誰もいない軽井沢のお散歩はこの上ない贅沢といえるのではないでしょうか。
 GWや夏休み或いは週末といった、人の多い軽井沢しかご存じない方も多いことかと思います。この時期の平日に同じ道を歩いてみると、別の場所にいるような不思議な感覚に包まれます。建造物や道や木々などは、人や車の数に関係なく一年中そこに在ります。普段そこに無いものが、それらの存在とは関係無く常に存在するものを変形あるいは隠してしまうという現象は、人間の脳の働きでしょう。人の多い時期だけをご存知の方にとっては、人や車も普段そこにあるものと言えそうですから、街の見え方は元から私とは全く違ったものなのかもしれません。
 私の脳に映る像とと他人の脳に映る像を比べる事が不可能である以上、この日記に登場する街の輪郭は私自身のものです。それを言葉という記号で表現すると、またここで街は姿を変えます。多くの記号を介する以上、受け手は私自身の意図しない多くの情報を読み取る事になり街はさらに姿を変えます。Lord軽井沢店もこの時期は貸切状態となり、私にマンツーマンでお相手出来る余裕があるからでしょうか、毎日この日記に関する話が出ます。「日記の街の描写は、何年か後の軽井沢でしょう?」「現在ですが…」
 2年前から繰り返される、とても気になる不思議なご指摘。この後の会話で、日記を通さず直接この街の話を伺っている時には気付かない、他人と自分の像のズレを認識することが出来ます。不可解な結論に至る全体から、双方の言葉にした時と解釈の際の変化を差し引いて、原初的な相互の像のズレの存在を確認し、その核を摘出し…。「相当暇なんだな」と言われそうですが、このズレの確認は驚きの連続で楽しいものです。そもそもLordの店内は、ズレの宝庫(?)と言っても差し支えないかと思います。
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競争

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 長い下り坂を自転車で一気に駆け下りるのは、とても気持ちが好いものです。スピードとスリルが堪らず、危険だと解っていてもペダルを漕いでしまいます。西欧では自転車のロードレースが大変な人気で、何度か観戦に行きました。目の前を通過する自転車のスピードと、観客の熱狂振りには驚きます。私が愛用する自転車は競技用ではなく、どこにでもあるママチャリです。スピードもしれてますが車体の限界も低いのでスリルは満点で、よく転倒もしますがたいした怪我をすることもありません。
 「どうして人は記録に挑戦するのかな?」とお客様がギネスブックを手に、ラッピング中の私に声を掛けられました。「負けず嫌いなんでしょう」と、顔を上げずに私。「僕も負けず嫌いだけど…それだけかなぁ」「人が未体験の領域て興味ありませんか?」「分野にもよるけど…これ見てると意味の無い記録も多いよ」「記録に意味なんてないでしょう」、とここでラッピング終了。レジカウンターのストップ・ウォッチを見てにんまりの私。不器用な私は人に負けるのは馴れっこで何とも思いませんが、そんな自分に負けるのだけは悔しいのです。
 カーナビが「目的地への到着予定時刻は18時30分です」と言うのを聞くと、「よし18時20分までに着いてやるよ」と思いませんか?「あと5分で到着です」と言われると、「4分で着いてやるよ」と思いますよね?現在位置や道を教えてくれるは大変有難いのですが、時間を言うのは不味いと思います。ラリーをやっている訳ではなくても、標準タイム告げられると本能的にタイムレースが始まりアクセルを踏んでしまいます。ナビの言う通り走ったらそこそこの時間になるので、必死でナビの知らない裏道を探して走る事になり、何の為のナビなのか…。
 私が受けた学校教育は、学業には順位をつけて競争させる一方、運動会での競争は一切駄目というとても不思議なものでした。体育会系の私に活躍の場は無く、やたらと踊らされる運動会で「僕は走りたい!」と思ったものでした。その後も学業・就職・仕事は競争でしたし、スポーツはあくまでもレクリエーションの場であり本気を出すと嫌われました。自転車のロードレースを楽しむ観衆と命懸けの選手に接する度、『人生はのんびり楽しんで、競争は競技で』というのが正解かなと実感します。
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製造地

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 新しくなったLordのホームページからは、表参道のスタッフが書いている「表参道の小さな丘から」というブログも御覧いただけます。お待ちかね『エーケルンドの工場見学記』も始まるようで、私もとても楽しみにしています。表参道の本店には何百枚ものエーケルンド本社工場の写真と、動画があります。動画では製品が織りあがっていく様子はもちろん、その音も聞いていただくことが出来ます。事前にご連絡をいただければ、どなたでも御覧いただけます。お好きな方なら、きっと感動していただけると思います。
 実は私自身がこの一連のEkelund工場の画像や映像を観て、一番感動したのが織物を織る機械の音でした。これまでEkelundの工場の写真は数多く観てきましたが、音を聞くのは初めてでした。毎日手にしているものと同じ柄が織りあがっていく過程とその音、そしてそれを見守るカタログで顔に見覚えのあるスタッフの姿。工程に人の介入を許さずブラックボックスと化した四角い箱型の機械から密封された製品が次々と出てくる、最新鋭の無人工場とは明らかに違います。
 昨年あたりからLordでも、メーカーの国籍に関わらず製造地を尋ねられるお客様が増えています。特に食卓・キッチン・洗面所・浴室・寝室・リビング・子供部屋と家庭内のあらゆる場所で使用し、毎日直接肌に触れるEkelundのような製品に対するチェックは厳しいようです。スーパーの食品と同じように、Lordの商品にも製造地の表示をしています。現在スウェーデン産業の多くは、工場を第3国に移しています。エーケルンドのように国内の工場でスウェーデン人が作っている製品も、少なくなっているそうです。
 お客様とお話ししていると、日本の物は日本製、英国の物は英国製というように、製品の文化と製造国は一致した方が良いとお考えの方が多いようです。「××製はよく壊れるけど、壊れ方にも歴史や文化があるからね」「見かけは変わらなくても、使えば判るよ」と教えてくださるお客様方のお話は、どれも興味深く時間が経つのも忘れます。考えてみると私が長い間愛用している物も、製品が生まれた国で作られた物が多いようです。物の大切さと使うことの楽しさを、多くの国と人から学んでいます。
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心の準備

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 今朝軽井沢駅から外へ出ると、空と街がこれまでに覚えの無い不思議な色でした。歩きながら携帯で写真を撮ったのですが、残念ながら色は捉えられませんでした。お天気は晴れたり曇ったりで、陽射しが眩しいなと思っていると突然大きな雷鳴が轟いたりして、ちょっと不気味な休日です。雲に近いので雷の迫力は満点なのですが、晴れて稲光が見えないと心の準備が出来ず、突然聴こえる大きな音にびっくりします。
 普段からボーとしているので、突然の大きな音には驚きます。逆に何かに集中している時は、大きな音でも驚くどころかまったく気付きません。子供の頃からそうで、中間が無いのが残念です。街を歩いていて突然声を掛けられると通常はとてもびっくりしますので、よく「そんな大袈裟に驚かなくても…」と言われます。何か考え事などしながら歩いている時は、大きな声で何度声を掛けられても気付かないようで、あとで「無視した」と言われたりもします。
 持って生まれた繊細さと集中力の証だと思っていたのですが、専門家に「不器用、マイペース、自分勝手なだけで、気を付けないと事故に遭いますよ。流れ弾に注意して下さい。」と診断され、深く傷付きました。今のところ戦場に行く予定は無いので流れ弾の心配はありませんが、熊との遭遇には気を付けています。自分がよくびっくりするので、店内でお客様に声をお掛けする際は細心の注意をしています。殆どのお客様は心の準備があるのか私と性格が違うのか、驚かれることはありません。
 確かに繊細で集中力があれば心の準備をするはずで、私にはそれが欠けているようです。性格は変わりませんが事故や流れ弾は嫌ですし、一日に何回も驚いていては心臓が可哀想です。映画館で映画を観ていると、シーンによっては映像や音に反応して身体がビクッと動く人と全く動かない人がいます。私は当然前者です。映画の感動と興奮は、心だけでなく身体も一緒に覚えています。以前感動興奮した映画を再度観ると、心と身体が同時に準備しているのを感じることがあります。心と身体の準備と呼んでいます。
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金属の塊

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 空港の搭乗ラウンジでこれから乗る飛行機を見て、「大きいなぁ。こんな金属の塊に400人もの人と沢山の荷物が乗って飛ぶんだよなぁ…よく飛んでるよ」と感心します。港の桟橋で乗船前の客船を見て、「でかくて長いなぁ、ビルだよ。大きなホテルがそのまま海を滑るようなものか…よく浮いてるよ」とここでもまた感心します。飛んだり浮いたりする原理は小学生でも知っていますので、声に出して言うと周囲の「何を今更」という失笑を買いますから、いつも心の中で思うようにしています。
 自分が乗っている飛行機や船がやけに大きく速く感じるのは、せいぜい離陸直後か出港直後までです。一旦大空や外洋に出てしまうと、自分が乗っているもに対する感じ方は一変します。「こんな小さなものでヒラヒラ飛んでる(浮いてる)よぉ…」。たまに彼方をすれ違う航空機や船舶は、まるで玩具のように頼り無げに見えます。学習機能に故障があるのかもう何十年も何百回も、搭乗の度に同じ事を考え同じ不安と興奮に襲われます。もちろんそれは何かの拍子に一瞬のことではありますが。
 乗り物が大好きで楽天家の私でさえこの調子ですから、乗り物嫌いで心配性の方の心中は想像する事もできません。大空や大海では全く感じませんが、世界の空や海は過密状態だそうです。確かに世界どこへ行っても大きな空港では、離発着が目まぐるしく繰り返されています。離陸待ちで並ぶ飛行機の渋滞は珍しくありません。先日読んだ科学雑誌には、地球の軌道上における人工衛星の過密状態に関する記事が掲載されていました。窓の外に広がる青空には、雲以外鳥の姿さえないのですが。
 人を信じるから飛行機に乗ります。これだけ社会が複雑になってくると、総てを自分で処理する事は不可能です。機体やエンジンからビス一本まで総てを作った人、整備点検した人、操縦する人、管制する人、その他会ったことも無い多くの人を信頼するから飛行機に乗る事ができます。技術は人が作り運用するものであり、信じるのは人です。会社は法的人格を付与され法人と呼ばれますが、構成員以上の信頼にたる組織に出会ったことはありません。これから乗る航空会社や組織の執行機関としての社長を信じて飛行機に乗ることはありません。
 自然に意思や感情はありません。無信仰な私は、人間も自然の部分集合に過ぎないと考えています。長い距離を短時間で移動する為にジェット機を利用しますが、こういった文明もその一部なので限りなく小さいと。自然が坦々と日常の営みを続ける中へ金属の塊で飛び出して行くわけですから勇気ある行動ですが、この勇気を支えるのが人間同士の信頼関係です。このところ食から政治まで内外の様々な分野における信頼関係の崩壊を感じていただけに、ここ数日アジアから届く自然災害の映像とその数字には言い知れぬ恐怖を感じます。
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あやかる

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 普段私が縁起はかつがない等と書いている事もあってか、「Lordに招き猫があるのは意外だ」というご指摘を時々耳にします。今朝も「意外ですね」「可愛いでしょ?」「そっちのほうですか?」「そっちのほうです(笑)」という会話がありました。実はこの招き猫、今年の一月に結婚されたお客様がLordに引き出物のご用命を下さり、その際にプレゼントとしていただいたものです。幸せ一杯の若いお二人にあやかろうと、いつも私の立位置のすぐ後ろに並んでいます。
 『あやかる』を広辞苑で見ると、「感化されて似る。物に感じてそれと同じようになる。特に、しあわせな人に似て自分も幸福を得る。」とあります。なかなかいい言葉です。短絡的な私は、魅力的な人に感化されて魅力的になろう、美を感じ美しくなろう、しあわせな人に似て幸せになろうと、思わず力が入ってしまいます。「美しくなる本」「幸せになる本」「成功する本」等を例に出すまでもなく、事はそう単純には進まないのでしょうが、そういう気持を持つことはよい事かと思います。
 昨今、『あやかる』の消極的援用とも思える忌避や排除の発想に触れる機会が多く、その度に虐めや差別などと同質の不快感を感じます。そもそも、歪な忌避や排除の結果として美が現れるということ自体が大変な論理矛盾を内包している訳で、お気付きの方も多いかと思います。ここは無責任な発言を単純にスルーして、短絡的かつ積極的に大いにあやからせていただくのが正解かと思います。かつて友人に『あやかり隊』の隊長を自称する者がいましたが、彼は今どうなっているのでしょうか。
 実証的な効果はさて置き、Lordの店内はあやかりたい物ばかりです。「成功」や「お金」とは縁が無いかもしれませんが、「美」と「幸福」を追い求めている方にはお役に立つセレクトです。Lordの品物と一緒にいるだけで、いつかは美しくそして幸せになれます。「いつも店内にいるお前が美しくない」「お前は一向に美しくならない」と言われれば返す言葉もございませんが、私も修行中ということでご理解いただければ幸いです。この一文が詐欺商法や誇大広告でないことは、すでにお買い物をして下さった皆様が証明してくださるかと思います。
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最初の記憶

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 Lordのホームページの片隅に、この日記がスタートしたのは2006年の5月でした。当時Lordのブログとしては別に正式なものがあり、この日記は軽井沢店からの業務報告的なものでした。記録を見ると私が初めて原稿のラフを送ったのが、2006年5月19日となっています。「ディアストーカー」の写真と原稿を軽井沢から表参道へ送った時の事は今も鮮明に覚えていますが、とても暑く真夏のような日でした。とても寒く真冬のような本日とは対照的です。
 物覚えの悪さでは定評のある私が2年前のその日の事を覚えているのは、その日が「初めて…」ということだからです。前日や翌日のお天気に関しては、記録を見て「そうだったかな…」というレベルで全く記憶にありません。記憶力の悪い私でも、何かを覚えたり思い出す時には『きっかけ』や『手がかり』さえあれば、少しは何とかなるようです。でその「初めて…」に注目して記憶を辿ってみると、自分のある分野に関する原点を発見し感動したりもします。
 例えば、小・中・高・大と最初の授業や講義のことははっきり覚えています。小1の最初の授業では、机から落ちた消しゴムが大きく跳ねて遠くへ転がり、気の弱い私は先生にも言えず拾いにも行けず大変困りました。以来今も筆箱の中には必ず複数の消しゴムが入っています。中一の最初の授業では、万年筆でノートをとりました。慣れぬ私は新品のワイシャツの袖をインクで汚し、大変悲しい思いをしました。今もノートは万年筆ですが、絶対に衣類は汚しません。
 高1の最初の授業は数学でしたが、進捗スピードと先生の早口・板書の量に落ちこぼれました。私の学び方は発想の転換を強いられ、この時初めて方法論というものを意識しました。大学の最初の講義は、著書を読んでもちんぷんかんぷんだった教授の原論でしたが、この時生まれて初めて「授業が面白い」と感じました。高校時代までは待ち遠しかった終了の鐘が恨めしく、好きな連続ドラマが気になるところで次週へ…というあの感じでした。
 教授が「次回までに…」と指定する課題の消化が、まるで予告編を観ている様に楽しく、難解な著書も少しずつ解ってきました(正確には解ったような気がしただけ)。初めての事はこんなに鮮明に覚えていますが、最後特に卒業式のことなど小・中・高・大を通して全く記憶にありません。こと学びに関して考えると、海外に於ける記憶は全く逆です。すべて最初の部分の記憶はなく、最後だけははっきり覚えています。この理由は、考えてみる価値がありそうです。
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暖炉の前で読書

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朝、建物のドアを開けた瞬間に流れ込む冷気と一瞬にして白くなる息、春は到来しているのでしょうが高原育ちでない私にとってこれは真冬の情景です。暖房器具はこれからまだ梅雨が明ける頃まで使用しますが、例年だとこの時期の一日を通しての気温はもう少し高い気がします。木々の間を通り抜ける乾いた風が心地好く、新緑が眩しいこの時期の軽井沢が大好きです。今年はちょっと遅れているようで、今しばらくの辛抱です。
 高原での休日を楽しみに来られた皆様の過し方も、気温の高低によって少し違ってくるかと思います。お散歩やサイクリングはシャツ一枚か防寒着で完全武装するかで、気分的なものはもちろん行動半径や所要時間にも大きな変化があるかと思います。私のような無精者は、寒いというだけで外出そのものを中止してしまうかもしれません。同じ建物内で過すにしても、窓を開放し高原の風を感じながら過すのと、暖房の効いた密閉された空間で過すのでは、その楽しみ方も変わってきます。
 普段あまり読めない本をまとめて読むぞと、大きなバッグや車のトランクに本を詰め込み、読書を楽しみに来られる方はLordのお客様にも沢山いらっしゃいます。昼夜を問わず集中して何かをするのに、高原は持って来いの場所です。お天気が好ければ庭のテラスや開放された窓際で、寒ければ暖炉の前でと、読書の場所は空模様や気温に応じて移動が自由です。散歩に出れば戸外のカフェやベンチに限らず、木陰や古木の切株などは其処彼処にあり、お天気に合せて高原全体が読書の場所になります。
 お客様とお話していて、読書に関しては予想外のお天気も関係無いかと思いきや然に非ず、高原の風を感じながらテラスや木陰で読みたい本と、薪の燃える音と香りを感じながら暖炉の前で読みたい本は違うと言う方も多いです。読書にTPOを持たない私のようなタイプは、少数派なのでしょうか。気温が低く雨と霧の続いたここ数日は、室内での読書が予想以上に進んだようです。「図書館で借りた」とか「インターネットで本を注文した」というお話を毎日うかがいました。「暖炉の前ではどんな本を読むんですか?」と訊いても皆さん「内緒」だそうで、とても気になります。
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不謹慎≒KY?

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 朝起きるととても寒く、「風邪をひいたかな…」と朝食後に風邪薬を服用しました。通勤途中に気温表示板を見ると4℃で、寒く感じたのは個人的事情ではなかったようです。冷たい雨が降っていますが、これがいつ雪に変わってもおかしくないような今朝の軽井沢です。歩きながら覗いたお店はどこも勢いよく暖房が稼動し、季節が後戻りしてしまったような感じです。
 休日の朝はお散歩途中の男性のお客様が、よくお立ち寄り下さいます。元々顔見知りであったりLordでお友達になられたり、リゾートでの会話は趣味のお話などが多く和気藹々と笑顔と笑い声の中で進みます。限られた狭い世界で生きる私にとって、この朝のお客様同士の会話はとても新鮮で、驚きと感動の連続です。もちろん私は勤務中ですのでご質問でもない限り、業務に勤しみながら聴かせていただく場合が殆どです。
 「君はどう思う?」ラッピングをしている私に、突然声が掛かりました。皆様の熱気と久しぶりにフル稼働の暖房で、店内は少し暑いくらいです。夜更かしをしている上に必要の無い風邪薬まで服用してしまったせいか、単調なラッピングをしながら頭はボーッとしていました。咄嗟に「ごめんなさい。聞いてませんでした。」と、授業中に突然指名された学生のような受け答え。「道路特定財源だよ!」「ど、どうろ…ですか!?(硬い話してたんだ…)」
 「ど、道路で…と、特定ですから…スーパー・アグリの救済に使うとか…」「不謹慎だな。却下!」「マッサージ機よりは不謹慎ではないかと…」「駄目!」「…」。いつの間にか朝の店内では、時事放談が始まっていたようです。あまりないのですが硬めの話題の時、お客様の質問にお答えして私がよくいただく言葉が『不謹慎』です。最初から「不謹慎な君ならどう考える?」とか「さあ、君の不謹慎な意見を聞こうか」と振ってこられるお客様もいらしゃいます。
 私は常に真剣に、注意深くつつしみを持ってお答えしているつもりですが、「期待どおりの不謹慎発言だな」「予想通り不謹慎の極みだ」などと言われてしまいます。「お客様の期待にお応えするのがLordの仕事ですからハッハッハ…」などと言いながら、「(エッ、今のどこが不謹慎?不謹慎て何?)…」と悩むこともしばしばです。『不謹慎』の指摘をいただくのは総て先輩方で、若い人から言われたことはありません。若い人から言われるのは『KY』・・・。てことは、おじさん達の『不謹慎』≒若者達の『KY』、ということも有り得るか?新しい仮定の出現により、今夜も夜更かしです。
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信じられない・・・

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  5月5の『こどもの日』は朝から生憎の雨でしたが、夕方までには雲も切れ晴れ間ものぞいてきました。暗くなる頃にはLordの前の本通りも、雨と霧で動けなかった昼間の鬱憤を晴らすかのように、多くの家族連れなどでとても賑やかでした。GWも終盤を迎え、例年Lordが一年中で一番多くのお客様をお迎えするのが5月5日の午後です。軽井沢店開店以来、毎年入店者数の最多記録はこの日です。今年は日中が雨ということもあり、お客様の殆どが夕方からに集中し、狭い店内では3人のスタッフがフル回転で応対に追われていました。毎年この日は午後10時過ぎまで営業時間を延長しています。
 店内が一番人で賑う午後7時30分ごろ、突然店内が真っ暗になりました。店内から悲鳴。ブレーカーが切れる程の電力は使用していませんので急いで外に出て確認すると、通りの正面のホテルや街灯は明るいのですが、Lordの並びのお店や街灯が真っ暗です。店内のお客様を安全に外に誘導し、「すぐ回復するだろう」と待ちましたが一向に明るくなりません。中部電力に電話をしても話し中。サイレンを鳴らして緊急車両が来る訳でもなく事情が分からぬまま、わざわざ訪ねて来て下さったお客様にひたすら御謝りしてお引取りいただく繰り返しが延々続きました。
 ようやく中部電力の回転灯を点灯した車両が到着し、作業員は動き始めたようですが中部電力からは一切の説明も無く、お客様に事情をお話しし御謝りすることの繰り返し。5日夜は車で帰京される方も多く、3日や4日に見ておいた商品を購入するつもりで来られたお客様方の、がっかりされる様子を拝見しスタッフ一同本当に申し訳なく辛い思いの連続でした。特にこどもの日であり、買ってもらう約束をして果たせなかったお子様たちの落胆した表情は今でもはっきり脳裏に焼き付いています。
 停電時の為に用意しておいた懐中電灯とキャンドルでの営業も試みましたが、奥に長いLordの店内は本当の暗闇でした。布と紙の多い店内でキャンドルは危険であり、実際私自身もキャンドルを乗せた陶器を割り欠片を飛び散らせてしまう始末。「暗くてもいいから」と強引に中に入られたお客様もいらっしゃいましたが、2mも入らぬうちにお買い物の出来る状態ではないことに気付かき引き返されます。停電から一時間後にはLord軽井沢店は営業を諦め、店内にあったキャンドルは総てまだお客様の残っている近所のレストランへ差し上げました。
 電力会社からは何の説明も無いまま、停電は続きます。私たちスタッフも御謝りするばかりで、お客様には何の説明も出来ません。先に食事を済ませ、再び戻って来て下さったお客様もいらっしゃいましたが、店内はまだ真っ暗です。ようやく復旧したのは午後10時半ごろでした。明るくなった店内でガラスの破片などを片付けていると、怒りを通り越した悲しい気持ちが溢れてきました。今5月9日午後2時現在、中部電力からは何の説明も謝罪もありません(軽井沢営業所はLordから徒歩3分)。私の常識からは理解出来ぬ事です。
 まず必要なのは謝罪よりも、説明です。知りたければこちらから電話して訊けばいいだろということなのでしょうか?軽井沢は全国どころか、海外からも人の集まる場所です。先日何かで見たのですが、サミットの開催地として立候補の予定もあるとのこと。賠償請求はビジネスライクに進めればいいのでしょうが、それでは修復・補償不可能な部分があります。人の『心』はその典型です。人をお迎えすることで栄えてきた町にとって一番大切なのは、おもてなしの『心』ではないでしょうか。
 どんなに高度に発達した分野でも、ミスやトラブルは日常茶飯事です。大切なのはそれにどう対応するかで、そこで要求されるのが危機管理に基づいた洗練されたテクニックと、その向こうに透けて見える『心』です。今回の場合大切な電気を扱う電力会社は、ただいい加減なだけなのか、どおせたいしたこと無いから煩い奴以外は放っておけなのか理由は定かではありませんが、人として取るべき行動を取っていません。テクニックもそれを支えるおもてなしの『心』も無いところに、人を御招きするのは失礼です。サミット開催どころか、来訪者の減少さえ招きかねないと危惧することの多い昨今です。
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『何で』と『何を』

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 昔から文章は淡々と書きます。書いている時の自分は感情の起伏も無く、まるでロボットのようだと思うこともあります。このLordの日記に限らず、かつて大量に書いた記事・原稿・論文すべてそうでした。若い頃からの習慣なので、今も原稿の量や本数が苦になることはありません。若い頃はまだ記事も論文も手書きの時代でしたので、筆圧が強い私は万年筆を何本も壊しました。手も疲れますが、いつもその前にペンが潰れます。
 大量に書き続けても壊れない万年筆を求めて、世界中で購入したペンの数は200本以上です。実際その中で様々な条件下での過酷な使用に耐え、その後もずっと使用することになったのは僅か2本だけでした。私が絶えずペンを探し買い求めていたのは、アウトプット為の使える道具との出会いを求めてであり、蒐集や愛でる事が目的ではありません。ただ長い間過酷な現場を共にしたペンには、今も愛着があります。
 時代は変わり、今や論文をはじめ総ての原稿はPCで書きます。道具に悩まされたり修正に手間取る時間も、昔の10分の1以下です。道具が駄々を捏ねたり手が汚れる事も無く、追加・削除などの修正も一瞬で、原稿用紙を丸めてポイという行為も今では懐かしい動作です。一旦書き始めるとそのスピードはかつてとは比較にならず、疲れも少ないのでロボット化は極まり、ますます淡々と原稿の量が増えます。
 この何日か、原稿や論文を量産しておられる方々とお話しする機会に恵まれ、単なる興味からそれぞれの方の執筆中の状態を伺いました。皆さん私より年上で、書く前のご苦労はそれぞれのようですが、「書く作業自体は楽になった」という点に関してはほぼ同じような事を仰っていました。ある老巨匠の「どう言うかより何を言うかだ。書き方や道具より(文章の)中身にもっと時間と頭を使いなさい。」というアドバイスは、学生時代から何百回と聞いており今更ながらなのですが、書くことに限らず私の人生全般の課題です。
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Lordの静寂

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 眩しくて思わず眼を瞑りたくなるような快晴です。高原の休日は賑やかな中にも、どこかのんびりした空気が流れています。軽井沢店の店内でモーツァルトを聴きながら通りを眺めていると、あまりの心地好さにお昼寝をしてしまいそうになります。扉一枚を隔てて、内と外は完全に別の世界です。一年で一番人と車が集中するこの時期は、静かな筈のLordの店内も一日に何度か人で溢れます。
 時々不思議に思うのですが、店内は人が溢れている時も何故か静かです。図書館や美術館のように、「お静かに!」等という張り紙はありません。店内には多くのお客様がいらっしゃるにもかかわらず、私が喋るのを止めると聴こえるのはモーツァルトの調べだけという事も珍しくはありません。皆お一人でのご来店かというと、人が溢れる時期・時間のご来店者の多くはご家族・お友達のグループかカップルです。
 したがってLordの店内はどんな繁忙期でも、賑やかになったり活気付いたという憶えはありません。近隣のお店の方から「この時期は活気がある」とか「店内が賑やかだ」というお話を伺うと、ちょっと羨ましくもありますが、「活きのいいLord」というのもイメージ出来ません。何かの拍子に大きな声で勢いよくご挨拶などすると、お客様がビクッと引いてしまわれるのを感じたりもします。Lordでお寿司屋さんのようなご挨拶は禁物です。
 Lordの店内にはLordの店内の雰囲気があり、Lordのお客様にはLordのお客様の楽しみ方があるようです。これは私たちスタッフが意図している訳ではなく、開業以来の何年間かの間に自然に出来上がったものです。その自然に出来上がった雰囲気の中で、私たちも毎日お仕事をさせていただいております。店内でお昼寝の誘惑と闘いながら、この居心地の好さがずっと続けばいいなと感じる今日この頃です。
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緑のボタン

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 軽井沢店前の通りは、静かないつもの金曜日の朝です。さすがに今夕からは賑やかになるでしょうから、嵐の前の静けさというところでしょうか。出勤時に降っていた雨もやみ、西の空が明るくなって来ました。明日からはスタッフの数も増え、店内も賑やかになると思います。開店に間に合わず入荷が遅れている海外からのお品物のほとんども、今日明日中には届く予定です。この週末は、何もかもが一気にやってきます。
 で今日はのんびりかというと、まだ引き摺っている2008年バージョンの店内造りやお問い合わせへの対応などで、なかなか落ち着きません。少し落ち着いて時間が出来たらやろうと、机上に積み上げた未処理事項の山は、今にも雪崩を起こして崩れそうです。昨年はついに一年間この山が消えることが無かったのですが、今年はせめて1回、いや2回位は机の板の木目を見たいものです。
 一年前のこの日記を見てみると、昨日今日あたりは予習をしていたようです。残念ながら、今年はその時間も限られそうです。今年は短時間集中型で、学生時代の学習法でいえば高速でカードをまわすあれです。覚えたものは抜いていき、何回まわせるか何枚残るかが勝負です。試験のように明確なスタート時間はなく、カンニングしても失格にはならないので気軽ですが、丁寧にやります。
 Lordのホームページがリニューアルされましたまだ御覧になっていない方は、ぜひ一度お立ち寄り下さい。ネットショップはまだ試行段階ですが、これから充実させて参ります。Lordでは基本的に、店内の全商品を電話・FAX・e-mail等でご注文いただけます。ホームページ一番下の『お問合わせはコチラ』という緑のボタンを押して、お気軽にお問い合わせやご注文いただければ幸いです。あと、新しいホームページに関する御感想やご意見等もいただければ、HPを作成したスタッフ達も喜ぶかと思います。
 緑のボタンはお客様とLordを結ぶ便利なボタンですので、気楽に押してお便りをいただければ嬉しいです。これまでのように『表参道』『軽井沢』といった区分けはなく、内容にかかわらず総てのお便りはこのボタンで承ります。
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タイムマシン

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 望遠鏡で星空を眺める時、近くにある惑星・衛星から徐々に遠くの恒星・銀河へと視点を動かしていきます。どんどん遠くを観るということは、時間を遡っていくということですから、ちょっとしたタイムマシン気分です。このワクワク感はウェルズの『タイム・マシン』『宇宙戦争』やベルヌの『月世界旅行』に興奮していた、小学生の頃から変わっていないようです。小中学生の頃は、土曜日の夜は庭にテントを張り、明け方まで天体観測をするのが楽しみな、とてもピュアな少年でした。
 前記のSF小説は総て19世紀の作品で、ウェルズの『透明人間』やベルヌの『海底二万哩』『80日間世界一周』なども一気に読みました。小学校高学年の頃見たキュ-ブリックの映画『2001年宇宙の旅』の衝撃は、少年にとってはNASAの月面からの映像とは比べものにならぬほど強烈でした。丁度その頃は科学も社会も、古典的な発想からの転換期だったようです。見るもの聞くものが驚きの連続で、学校の教科書が退屈で机の中に隠した本を読んでいました。
 時は移ろい、事象や時間と空間に対するイメージも変様しました。現在のピュアな少年・少女たちが、何に驚きワクワク胸躍らせているのかとても興味があります。彼らは昔のドラマを観て、もどかしげに公衆電話に小銭を流し込む刑事や、慌しくフィルムを現像する新聞記者の姿に何を感じ発見するのでしょうか。彼らは高度な科学知識と莫大な量の情報を持ちます。そんな彼らをワクワクさせる為に、送り手はどんな仕事をしているのでしょうか。
 何かを熱く語っていたり何かに集中している少年・少女に出会うと、思わずその対象を探ってしまいます。勿論マーケティングや素行調査が目的ではありません。変なオヤジに映っているでしょうが、興味には勝てません。世の中が物騒になり家庭や学校の指導が行き届いている昨今、街での彼らとの会話は困難を極めます。私にとってLordの店内は、現代の少年・少女のワクワクを知ることの出来る貴重な現場です。興味のある少年少女(ピュアでなくても可)はぜひ一度Lordで、タイムマシンと宇宙の話をしましょう。
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