Lordの日記

遊び学ぶ居心地の良い空間創りがLordのテーマです

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気象現象の宝庫

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 外を歩くと眩しくて涙が出てきました。日差しが強いからなのか睡眠不足のせいか、おそらくその両方だろうと思います。日が傾くと、とても爽やかな高原の夕方です。人影はほとんど無く、まさに避暑地の貸切状態です。早いもので今日で今年も半分が終ります。明日からはいよいよ7月で、夏休みまであと少しです。学校など7・8月は全部夏休みでいいと思うのですが、大人の多くはそう考えていないようです。
 人が少なく自然が美しいこの時期、軽井沢は子供たちのサマーキャンプには最適ではないかと思います。車も少ないので空気も澄んでいます。梅雨の雨が難点ですが、毎日外に出れないわけではありません。大人たちが大挙押し掛ける前のピュアな軽井沢は、遊びの天才である子供たちにとって天国だと思います。都市が好きでアウトドアがあまり得意でない私でさえそう考えるのですから、ほとんどの子供たちが楽しめると思います。
 夏のキャンプだからといって、テントやキャンプファイヤー・自炊と力む必要はありません。高原で友人たちと普通の生活を営むだけで、彼らは多くの発見をするのではないでしょうか。都市で生活する子供たちにとって同じ事をしていても、高原では総てが非日常でありスペクタクルです。薄い空気はもちろん、太陽・雨・霧・雷といった自然現象の一つ一つがショータイムです(地元の皆さんごめんなさい)。理科の気象分野などは、高原でで授業をすれば楽しいと思います。
 私はいまだに高原の雨・霧・雷に驚き感動しています。時として雨・霧・雷が怖いと思う事があります。豪雨や濃霧や激しい雷の時は仕事の手を止め、長い間外を見ていたりします。恥ずかしながらこの歳になって、気象の原理に興味を持ったりもします。しばしば遭遇する深い霧や大きな音と眩しい光の雷には立ち竦み、その後必ず何かを知りたくなります。私は毎日高原で体験学習を繰り返しているようです。
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ありがとうございます

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 昨夜はパーティにお招きいただき、結局明け方まで宴は続きました。参加者の中には、昨夜仕事を終え最終の新幹線で軽井沢に到着し、今朝一番の新幹線で東京に戻りそのまま出社という気合の入った人もいました。軽井沢店に9時出社の私は軽く仮眠をとる事が出来たのですが、夢の中でずっと強い雨音を聞いていました。起きると外は、大変な豪雨です。シャワーを浴びていても、雨音が聴こえるほどでした。
 街の至る所に大きな水溜りと川ができていて、外に出るのを一瞬躊躇いました。案の定、歩き初めて3分も経たぬうちに全身びしょ濡れです。不精な私はそうなる事を予測し、髪の毛を乾かさぬまま外に出たため一人思わずニンマリしましたが、何も良いことはありません。「今日の外出はパス」と決め込んで、終日室内に籠もっていたい本日の軽井沢です。気合の入った彼は、ずぶ濡れで新幹線に乗ったのでしょうか・・・。
 2週間前あるいは昨日までに、本日ご来店をお知らせ下さったお客様が朝から次々に来て下さいます。皆様それぞれ大切な目的があって軽井沢に来られるのでしょうが、この大雨の中わざわざLordに立ち寄って下さいます。たとえ前の通りに停車されたとしても、車から出たくないドアは開けたくないと思うような豪雨です。近隣の駐車場に車を置いて、あるいは駅から歩いて来るだけで皆様びしょ濡れです。
 改めて心から感謝し、お礼を申し上げます。家を出る時や車から降りる時に、「今日はLordパス」と一度はお考えになったのではないでしょうか。「来週また来ます」「日曜日に行きます」「明日行きます」のあの一言を悔やまれたかもしれません。重要な目的の上に日時を指定した約束や契約ではないので、予定を変更してもなんら問題は無いのですが、皆様ずぶ濡れになりながらも来て下さいます。
 普段からわざわざ御来店いただけることには深く感謝致しておりますが、今日のような日はその感謝の気持ちの大切さを改めて痛感します。荷物を持ち傘を差して豪雨の中へ出て行かれるお客様の後姿に、「ありがとうございます」以上の言葉が出てこない自分を歯痒く感じます。大雨警報はまだ解除されておらず、雨脚はいっこうに弱まりません。そして今夜はいよいよEURO2008の決勝戦、ドイツvsスペインです。今夜も眠れません・・・。
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重い鞄

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 今年から柄やサイズが豊富になったEkelundのマットは、表参道・軽井沢どちらの店舗でも実物をご覧いただくことができます。常に総ての種類が揃っているとは限りませんが、雰囲気は掴んでいただけるかと思います。今夏の軽井沢店ではEkelundコーナーを通常より拡大し、『Ekelundフェア』を企画致しております。通常カタログでしかご覧いただけないアイテムも、店頭で手にとってご覧いただけます。詳細は決まり次第ご案内させていただきます。どうぞお楽しみに。
 仕事や休暇で東京へ帰りまた軽井沢へ戻って来る時、いつもバッグは大きく膨らんでいます。通常の東京と軽井沢の往復では衣類や食物は持ち歩きませんので、膨らんだ鞄の中身はほとんどそれ以外の私物です。軽井沢では手に入り難い、本と文具と香りの物がそのほとんどです。こちらには大きな書店や文房具屋さんや香り関連のものを扱うショップなどがないので、帰る度に買い込んで持って来ます。どれも結構重量があるので、バッグは見た目以上に重くなります。
 東京と軽井沢の往復の際に限らず、私の持ち歩く鞄はいつも見た目と重さがアンバランスなようです。周囲の人達からはしばしば、「どうしてこんなに思いの?」「何が入ってるの?」と言われますので、見た目以上に重いという事です。小さな鞄だろうが大きなスーツケースだろうが関係なく、私のバッグはいつも重いというのが定説になっています。人から見ればかなり余分な物が入っているようですが、もちろん私には総て持ち歩きたい必需品しか入っていません。
 元来、本・文具・壜といったものは重いものですし、人より重い鞄を持ち歩くのは小学生の頃のランドセルから始まっていたので、本人はこんなもんだと思っています。人と話していて会話の途中に、話題によって相手の鞄から次々に出てくる物に驚く事があります。先ず、この鞄のどこにどうやってこれだけの物が入っていたのだろうと、手品を見ているような気分になります。そして次に、どうしてこんなものを持ち歩いているのだろうと、相手に対する興味が膨らみます。
 鞄が本当に楽しいと感じるのは、使い込んだ見かけ以上にその内部に対してです。
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考える時の姿勢

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 軽井沢店は明日6月26日(木)お休みさせていただきます。

 「あなたは何か考えてる時は姿勢で分かりますね」と、突然お客様にご指摘いただきました。「そうですか?意識した事はありませんでした」「考え事をしている時はいつも同じ格好ですよ」。背筋を伸ばし左手を直角に折り、身体の前面で地面に水平においた腕の手首辺りに右手の肘を付き、地面に対し垂直に延びた右腕の親指と人差し指で顎を挟む・・・。数学の先生でしょうか、直角・水平・垂直といったタームを使って説明して下さいました。確かにご指摘をいただいた時、その体勢で考え事をしていました。
 その後、何か考え事をする度に、その姿勢であることをに気付き集中が途切れ、思わず笑ってしまいます。これからしばらくは、考え事に集中できない時間が続きそうです。立っていても座っていても、考えている時の上半身は同じ格好のようです。この歳まで気付かなかったのですが一体いつ頃から、この姿勢で考えていたのでしょうか。子供の頃は分かりませんが、学生時代にはこの姿勢をとっていた気がします。おそらく受験勉強あたりが、この姿勢の始まりではないでしょうか。
 考える時の姿勢といえば、ロダンの「考える人」のあの姿勢を思い浮かべられる方が多いのではないでしょうか。私は、シャーロック・ホームズがどっしりした椅子の上で、膝を抱えパイプをくわえて目を瞑って考えるというあの姿勢を連想します。シドニー・パジェットの挿絵のイメージですが、グラナダTVの『シャーロック・ホームズの冒険』でジェレミー・ブレット演じるホームズがこの考える姿勢を見事に再現していました。真似をしてみましたが、手足が短い私にはあまり楽な姿勢とはいえず、ホームズのような集中力は得られませんでした。
 以前、新幹線で隣の席の若い女性が鉛筆を咥え、このホームズの姿勢でじっとしているのに遭遇した事があります。眠っているのかと思うと、時々思い付いたようにノートに何か書き始めます。ちょっと見にはお行儀が悪く映るかもしれませんが、彼女は考えていたに違いありません。彼女がホームズを知っていたかどうかは定かではありませんが、この姿勢も考えるのに適した姿勢の一つなのかもしれません。そんな訳で、このところ周囲の人が考えていると、思わずじっと見てしまいます。
 かなり前この日記に「朝起きると不自然な姿勢をしている…」というような事を書きましたが、お客様のご指摘によりその不自然な姿勢が私の考える姿勢であることが判明しました。眠っている時に、一体何を考えているのでしょうか・・・?
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リゾートのトート

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 久しぶりに晴れて、軽井沢店前の通りは、リゾート気分を満喫する人達が行き交っています。リゾートらしい夏のカラフルな装いは、観ているだけでこちらまでウキウキしてきます。今年は特に、形はシンプルなのですが色や柄が個性的なバッグが目に付きます。リゾートのお散歩には、カラフルでちょっと大きめのトートなどがお洒落です。Lordでも先日入荷時にご紹介した、『Cu'sの新作トートバッグ』の出番です。
 Lordのお客様が、真夏のリゾートで使うトートバッグを選ぶ際のポイントを集約すると、「色が綺麗」「軽い」「ゆったり肩に掛けられる」「大きめ」「中にポケット」「内側が防水されている」「上品」といったところでしょうか。その幾つかではなく、すべてを満たしている物を探している方が多いというのが、他のバッグを探す時との相違点です。リゾート用のバッグ選びに、妥協は無いようです。
 リゾートで過すことの意味と大切さを考えるとこれは頷けます。『Cu'sの新作トートバッグ』は特にリゾート用に作られたわけではないのですが、前記の7条件を総て満たしており都市でもつかえるハイセンスなものです。下手な写真で申し訳ないのですが、上品なブルーの内側を御覧いただきたくて撮影しました。チャックの付いた大きなポケットと、携帯サイズとお財布サイズの計3つのポケットが付いています。
 そして何より、このブルーのやわらかい裏地は防水です。真夏のリゾートでは、バッグに濡れた物や水分の付いた物を入れる機会が多くなります。たくさん入って内側が防水だと、バッグを使える場面も俄然広がります。水泳・テニス等のスポーツ、日帰り温泉、お買い物の際のマイバッグなどこれ一つで、ほとんどのシーンをお洒落に過す事が出来ます。
 このバッグは現在Lord軽井沢店のみのお取り扱いで、もちろん限定生産です。気になる方は、ぜひお早めに店頭で手に取って御覧下さい。
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変色

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 一ヵ月後のちょうど今頃は、ホテルのコートも人で溢れ返っていることでしょう。避暑地の夏は短く、それから一ヵ月後の同じ時期にはまた静けさが戻ってきます。この場所では一ヶ月強の短い夏に何もかもが集中しその残像が強烈なため、12分の1の想い出が、12分の11のそれに勝ります。昔から、ひと夏の避暑地での出来事を題材にした文学や映画はいくつもあります。夏の終わりまたは秋になってからの回想という構成をとるものが多いようですが、夏の残像体験から受け手の共感を得易い構成かと思います。
 たった一ヶ月前の、まだ感覚が五感に残っているはずの真新しい想い出の数々は、遠い昔の事のようにセピア色になっています。想い出の色を変えるのは時間ではなく、生活空間と非日常的空間である避暑地の間に存在する精神的な距離なのかもしれません。名残を惜しみながら避暑地を後にする列車や車の窓ガラスに映る残像は次第にセピア色に変わり、日常を過す街に到着した時にはすっかり変色しています。物理的な時間や距離に関係なく起こる変化の触媒は、避暑地という非日常の空間です。
 文学や映画で描かれるひと夏の想い出は、大人のロマンスや青春といったものばかりです。避暑地でバカンスを楽しむ人達が主役で、間違っても私のように避暑地で毎日あくせく働く親爺が主役になることはありません。私の軽井沢店での夏の想い出は、秋になっても東京に帰ってもセピア色になることはありません。鮮明な業務記録として原色で記憶や文書に残り、感傷的になる事も無く明日の業務に役立てます。私達はLordの空間が、お客様のセピア色の想い出のワンシーンに出てくるセットのような存在であればと考えています。主役はお客様でLordはセット、私達スタッフはエキストラです。
 秋、日常の空間でふと手にしたもの。夏にLord軽井沢店で出会ったペン・タオル・アクセサリー・チェス・バッグetc.余程変な使い方をしていない限り、物は変色していない筈です。いい味は出ているかもしれません。物から甦るセピア色の残像。あなたのひと夏の物語の、回想シーンの始まりです。ひと夏の回想が始まるきっかけは、物からとは限りません。ふと耳にした音楽や口にした紅茶など、回想はいつも突然始まります。そしてその回想に、たとえワンカットでもLordの空間を使っていただければと考え、Lordの店内は作られています。軽井沢店の店内を、セピア色のフィルターを通して見ると、物だけが規則的に浮かび上がります。
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タイミング

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 本日の軽井沢は、朝から空模様や気温が目まぐるしく変化しています。こういう日は、晴雨兼用のパラソルが重宝するようです。高原ですので時としてスコールのような雨も降りますすし、晴れるとこの時期の紫外線は半端ではありません。私も最近よく「日に焼けたね」と言われるのですが、朝の通勤時以外は太陽の光に当たることはないので、朝の10分(それも数少ない晴れた日の)だけで日焼けしているようです。日焼けが気になる方は、晴れても降っても大きめのパラソルを持ち歩かれた方が良さそうです。
 お昼ごはんをしっかり食べていても、夕方になるとお腹がグーグー鳴り始めます。近隣のレストランからいい香りが漂い始めると、お客様との会話に食べ物が出て来がちになり、この時間帯をいかにやり過ごすかは日々の重要なポイントです。18時頃がピークなのですが(仕事ではなく空腹のです)、平日だとあと2時間、今日のように土曜日だとあと3時間は営業時間です。閉店してもすぐ夕食というわけではないので、力尽き何かを食べてしまうことの方が多いような気がします。
 何かを食べるといっても、もちろん夕食ではなくおやつです。鞄の中に隠し持った(別に隠すこともないのですが)お菓子やパン、差し入れで貰ったものなどを隙を見て食べます。当然のことながら営業中の飲食は禁じられていますので、バックヤードで隠れて一気に食べます。そしてこういう時に限って、食べ物を口に入れた途端に誰か来ます。HERMESやLouis Vuittonのような格式はなくとも、口をモグモグさせて店頭に出るのはお客様に失礼です。口の中の物を一気に吐き出すわけにもいかないので、水分で流し込みます。
 「チョコレート食べてた?」「ケーキ食べてたでしょ!?」という過去の苦い経験から、口の周りやほっぺは厳重にチェックします。深呼吸をして、笑顔で「いらっしゃいませ」「こんにちは」とご挨拶をします。今日の不思議は、いつもどうして口に何か入れるとお客様が入って来られるのかです。のべつ幕無しに食べている訳ではなく、一日一回です。ここ連日、まるで誰かが見ていて合図を出しているかのような、絶妙のタイミングが続いています。おかげで美味しいチョコレートも老舗のお饅頭も、ほとんど噛んだり味わったりすることなく水分で胃袋へ直行です。
 最近これはどこからかの、「子供じゃないんだから我慢しろ」あるいは「一人で隠れて美味しいものを食べるな」「ダイエットしろ」といった、無言のメッセージなのではないかと考えるようになりました。そう考えるとここしかないという絶妙なタイミングも、不本意ですが説明つきます(全然ついてない?)。ではどこから…。メッセージを無視して、明日も食べます。こっそり隠れて美味しいものを食べる楽しみは、プーさんでなくともみんな知ってますよね。
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小道具

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 軽井沢店は明日からの二日間(18・19日)お休みさせていただきます。

 梅雨であることを忘れてしまいそうな、真夏を思わせる日差しの軽井沢です。紫外線の強い軽井沢ではこういう日は目の保護が必要で、入って来られる方は皆さんサングラスを着用しておられます。もともとサングラスは登山・スキー・海水浴時や眼疾時などに、太陽光線から目を保護する目的で作られた保護眼鏡でした。紫外線・赤外線・可視光線の減弱といった本来の機能的役割とは別に、今日ではファッションの重要なアイテムの一つとなっています。
 普段眼鏡をかけていないお客様がサングラスを着けて入って来られると、たまにどなたか判らずに失礼をしてしまう事があります。特に夏は大振りの帽子とサングラスで、全く雰囲気が変わってしまわれる方も多く、「こいつ誰か判ってないな」と気付いたお客様が、サングラスをはずしてもう一度ご挨拶してくださったりということもあります。お洒落な方などご来店の度に帽子とサングラスが変わり、ファッションを楽しませていただけて嬉しいのですが、私は毎回失礼を繰り返しています。
 このように夏のファッションの必須アイテムである帽子やサングラスは、薄着の季節に肉体以外で自己を表現できる貴重な小道具でもあります。都市の日常から逃れ、リゾートでまた違う自分を演出するする時の開放感は格別です。自己を積極手に表現できるということは、自己を消したり自己に対する錯誤を誘引することも可能なわけで、変装に帽子やサングラスがよく使われるのも納得がいきます。軽井沢という場所柄、変装のために帽子やサングラスを有効に使っておられる方々も時々お見受けします。
 軽井沢店には数多くの仮面がありますが、さすがに仮面で変装して街を歩いてる方にはお会いしません。街を歩くのには抵抗があっても、ちょっとしたパーティ-などに仮面を着けて出てみるというのはいかがでしょうか?「いきなり顔を隠すのはどうも…」とおっしゃる方には、頭の側面に飾りとして着けることをお勧めしています。この国では仮面自体が珍しいので、目立つこと間違いありません。慣れてきたら顔にずらします。その瞬間、あなたはパーティーの主役になります。
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一日の始まり

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 「早起きは三文の徳」「The esrly bird catches the worm」等の諺があるところから推察するに、昔から洋の東西を問わず早起きは奨励されていたようです。いつの時代も皆が普通にそう行動していたなら語り継がれる事も無かったでしょうから、そう行動しない或いは考えない人たちの存在は常にあったのでしょう。社会が変化し世界の都市やマーケットが眠らなくなった現状から考えると、20年後この国でこの諺を使う若者がいるかどうかは疑問です。
 20年後を考えなくても現在すでに、都市部の若者達の会話に「早起きは三文の徳」といった諺は出てこないのではないでしょうか。自然の多い田舎で生活していると、人々の一日は日の出とともに始まり日没とともに終るのを感じます。都市での不規則な生活に慣れた私には、朝も夜も早過ぎます。年間で最も昼が長いこの時期は、特にそう実感します。ただ最近は、自然のリズムに支配された生活が、人間本来の効率的な生活パターンなのだろうと確信しています。
 軽井沢店の通常の営業時間は10:00~20:00です。時期や曜日によって長くなることはありますが、短くなる事はありません。この町の生活時間で考えると10:00開店は遅く、20:00閉店もかなり遅いといえます。これはLordのお客様の多くが都市部などから来られる方で、町の生活時間帯とお客様の行動時間を摺り合せて決められたもので、旧軽井沢界隈で一般的という訳ではありません。お店にも業態や取扱商品・立地などにより、朝型・昼型・夜型といった傾向があります。
 Lordは午後から夜にかけて賑いますので、朝型ではないかもしれません。最近感じるのですが、私の脳は朝が一番効率的に働いているようです(と言っても私の脳ですからその働きもしれてますが…)。思考の回転度合いは朝昼夜そんなに変わらないのですが、朝は限られた脳の力を上手に使っているというイメージでしょうか。この年になってようやくそんな事に気付くなんて、今までいかに何も考えてなかったかを証明するようで恥ずかしい限りです。軽井沢での生活がなければ、一生気付かなかったかもしれない野生のリズムです。
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明日は父の日

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 縁起はぜんぜん担がないと言いながら、13日の金曜日はおとなしく過ごしていた方も多いのではないでしょうか。私もその一人です。いよいよ明日は父の日です。いよいよと言うほど、世間が盛り上がっているようには思えませんが。盛り上がっているのは、デパートの紳士物の売り場くらいでしょうか。私の周辺のお父さん達で、物を欲している人は見当たりません。普段交わすことのないような話題でコミュニケーションというのが、喜ばれるかもしれません。
 そう言われても、適当な話題も無いし・・・という人も多いことでしょう。そのきっかけとして、ちょっとした物が役に立ちます。物の無い時代から物で溢れた時代を生きてきたお父さん達の多くは、欲しい物はほとんど手に入れていることでしょう。お父さんよりふたまわり位若い皆さんの時代は、物+情報の時代です。情報のアドバンテージを生かして、お父さんの意表を突いてみて下さい。お父さんが怯めば、そこがコミュニケーションの突破口です。
 世間の商戦には疎いLordもコンセプトや商品構成ゆえか、毎年父の日前日・当日には駆け込みのご相談を何件かいただきます。そこでおすすめするのが、ゆっくり食事でもしながらのコミュニケーションなのですが、これまでお父さんと話した事の無いような話題でというところがポイントです。街であまり見かけないLordの商品たちは、シンプルですが上質な素材と確かな製法で作られています。きっと本物志向のお父さん達の、眠っていた好奇心をくすぐるのではないかと思います。
 父と子の関係は父子の数だけあるので、具体的な品物やそこから広がる話題に関しては、店内で個別具体的にヒントを差し上げるのですが、私が教えていただくことも多く楽しい時間です。プレゼントは高価である必要はなく、永く愛用していただける物をおすすめしています。毎年、後日談を伺うのも楽しみです。お父さんと一緒に、あるいはお父さんがお一人で来て下さったりすると、嬉しくていろいろ伺いたくなりますがぐっと我慢をしています。
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ビタミンと本

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 微量しか必要とされないのに、不足すると正常な代謝ができなくなり欠乏症をひきおこすのが『ビタミン』です。世間の健康志向が強い昨今、そういったものに無頓着な私でさえ、あまりに頻繁に目や耳にするものですから、「大人一日当りの必要量はAで0.6~0.8mg、Bで0.5~1.0mg、Cで75mg・・・」と正しいのかどうかも判らぬまま覚えてしまった数字があります。必要量を知っていてもそれを意識して摂取している訳ではないので、覚えている意味はなさそうです。
 『ビタミン』という言葉を聞くだけで元気が出そうな気がするのは、単なる条件反射です。ポーランド人の生化学者フンクが、生命(vita)のアミン(amine、化学の授業で出てきた有機塩基のあれです)から命名したそうで、元気とは関係ありません。生体内では合成不可能だそうで、体内では代謝に関係する酵素の補欠分子や補酵素の構成成分として存在するため、微量しか必要とされないそうです。健康に無頓着でも、「微量でいいけど、足りないとだめ」というビタミンの存在形態には、生命の神秘と脆さを感じます。
 2010年は『国民読書年』だそうです。先週の衆議院本会議における決議文を見ると、我が国では「活字離れ」が進み、年齢を問わず読書への興味が薄れ、これが言語力、読解力の衰退や精神文明の変質の大きな要因の一つとなりつつあるとのことです。活字中毒の私が本ばかり読んでいる間に、この国は大変な事になっていたようで・・・。「活字離れ」の活字とは書籍を指しているのでしょうか。単に活字という事でしたら、今は昔以上に活字が溢れ、目にする機会は増えています。
 メディアや表現方法などが多様化した現在と、どの時代のどの時期を比較しているのでしょうか。みんな限られた時間を生きているのですから、必要性や楽しさを感じなければ興味は持ちません。読書への興味が薄れたのならそれは送り手の問題です。本来教育の問題である言語力や読解力の衰退が本当にあるのかはさて置き、読書量とそれらの関係が二次的なものであることは明らかで、この日記を読んで下さっている皆さんは痛感されていることと思います(読み難くてごめんなさい)。
 私は楽しくてワクワクするから本を読みます。ページを捲るごとに広がる新しい世界に感動し、さらなる出会いを求めて前へと進みます。学術書や論文から文学・写真集・マンガと、このワクワク感にジャンルは関係ありません。かつては本や雑誌でしか楽しめなかった世界を、今は様々な形で体験できます。昔雑誌でしか知る事のなかった欧州のサッカーの試合を、今はTVでリアルタイムで観る事が出来ます。スタジアムに行けば、そこに選手がいます。私は迷わず活字や書を捨て、TVの前に座りスタジアムに足を運びます。
 「フーリガンは何故暴れるんだろう?」と疑問が出たら、さっき捨てた本を拾います。本を100冊読んでるだけではピアノは弾けませんし、1000冊読んだからといって飛行機は飛ばせません。10000冊読んでも悩みが解決したり感動できるとは限りません。読みたい時に読みたい本を手に取ればよいと思います。精神文明の変質が具体的に何を言わんとしているかは定かではありませんが、変化はあって当然だと思います。私にとっては本はビタミンのようなものですが、依存症や中毒はいけないと考えています。
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Lordの革鞄

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 現在Lordの革製品は在庫のあるものを除いて、お渡しまでに約40日ほどお待ちいただいております。例年7・8月はさらに製作日数が延びますので、お急ぎの方や贈答等で指定日までに受け取りたいという方は、早めにご注文下さいませ。商品の在庫状況に関しましては、軽井沢店宛てご連絡下さい。なお既にお買い求めいただいた商品のメンテナンスは、優先的に対応致しておりますのでお気軽にお申し付け下さい。
 以前この日記で、軽い革鞄を探している人が多いといった事を書きました。その後反論(?)やご感想をたくさんいただきました。革鞄をお探しのLordのお客様に限って言えば、「少しでも軽い方がいい派」と「重くて当然派」にはっきりと分かれるようです。自分の経験から年齢や中に入れる物の重さなどが、軽い派と重い派を分ける要因かと思い込んでいましたが、必ずしもそうではないと再認識しました。
 気に入った革鞄の同じものを2個購入し使い続けると、年数とともに二つは違う雰囲気の鞄になります。一人の人間が使ってこうですから、異なる人がそれぞれの環境でそれぞれの使い方をすれば、2個の鞄は全く違ったものになります。並んだ二つの革鞄が、同じ造りで同じ色だということに気付かぬ事があるくらい、使う人の個性が鞄全体に刻みこまれます。上質な革を使って大事に作られた革鞄ほど、長く使え鞄全体に使う人の個性が出てきます。
 手作りのLordの革鞄は、完成直後でさえひとつひとつが違います。何年か愛用していただいたお客様の鞄を御覧になって、「あれと同じのが欲しい」とご注文をいただくことがあります。残念ながら同じ色と形のものはお作り出来ますが、「あれと同じ」は不可能です。長く使える鞄を作るのは職人さんの技術ですが、いい味を出すのは使う人です。どうぞ荒っぽく使って、修理や改造に出して下さい。私たちスタッフは、お買い上げいただいた革鞄との再会がとても嬉しく楽しみです。
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指数

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 「今日はお店に引きこもってたらもったいないよ」「隠れてないで外へ出た方がいいよ」と立て続けに、お客様がアドバイスして下さいます。それくらい本日は、晴れて爽やかで気持ちの好い日なのでしょう。私は引きこもってるわけでも隠れているわけでもなく、ここでお客様をお迎えするのが仕事なので店内にいます。梅雨の泡沫の晴れ間でもあり、掛けて頂く言葉からも皆様のひと時の開放感が伝わってきます。こんな時は、「日焼けすると困るから・・・」とお応えすることにしています。
 あるお客様が「今日は洗濯指数100よ!」とおっしゃってました。前々から、最近テレビや新聞で毎日目にする洗濯指数というのが気になっています。天気予報などでは、洗濯物の乾き具合の目安として伝えています。『指数』というからには、計算式がありそうです。学生時代に地学の授業で、不快指数(DI)の計算式を教わりました。私たちが一般に湿度と呼ぶものは、水蒸気圧と飽和水蒸気圧の比である相対湿度のことであり、気温と相対湿度から不快指数が導かれました。
 不快指数70で一部の人が不快、75で半数の人が不快、80ですべての人が不快、85ですべての人が苦痛を感じるという分析基準には、クラスの殆どが納得しなかった覚えがあります。教師の「計算にはいろいろな方法があるし・・・」という言い訳(?)にはブーイングの嵐。この感覚的な指数を考案した米国人学者の蒸し暑さに対する『不快感』と日本人のそれには大きな隔たりがあると、教科書や教師の意図から外れた討論に花が咲きました。もし本当に人の不快(discomfort)を数値化出来るものであれば、興味はありますが・・・。
 お客様が帰られた後で調べてみると、洗濯指数に統一された定義は無く、各気象予報会社やメディアなどが独自に決めているそうです。洗濯物の乾き具合が人の生死や国家の存亡にかかわる事はありませんから、それで何も問題はありません。『指数』という言葉から基準量に対する比率を意識してしまいますが、予想や情報といったニュアンスだそうです。『指数』に限らず数値と実態・実感にズレを感じる事が多い昨今、数字に弱い私の周りには算出方法が気になる数値だらけです。
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Petit Pocket

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  朝はとても好いお天気だったのですが、開店直後に雨が降り始めました。エアコンはずっと除湿を続けています。湿度の高い戸外から店内に入ると、かなり気温差があるように感じます。温湿度計を見ると、温度の差はほとんど無く、湿度は室内が戸外の半分です。7月下旬の梅雨が明ける頃までは、このような日が続きます。梅雨の中休みなどでたまに晴れて湿度が下がると、ことのほか爽やかに感じる時期でもあります。
 写真は軽井沢店の人気商品『ほそ長ポケット』です。机上でよく使うペン類やペーパーナイフ・はさみ・定規等を、効率良く収納できます。天然木と新素材の組み合わせで、木目が美しく上品な仕上がりです。Lordには様々なペンスタンドやペン皿があります。立てて使うという機能面からペンスタンドと比較される事が多いようですが、実際使うとペンスタンドとは違う機能に気付きます。内部は6つに分割されています。写真の素材はメイプルですが、落着いたウォールナット材を使用したものもあります。
 写真は私が実際に使っている状態なので、ディスプレーとしては不適切かもしれません。サイドは約45度の傾斜があり、高さは前面が約8cmで後面が約14cmです。横の内寸が13cmちょっとあり、横3×縦2の6つのスペースに区切られています。私はここに30点以上のペン類・鉛筆・カッター・修正液・ペン型消しゴム・定規・鋏・スティック糊等を立てて使っています。ぎっしり詰めるのが好きで、50点以上の筆記具を立てておられる方もいます。長さや形状の違うものを、たくさん立てたい方におすすめです。
 一般的なペンスタンドの利点は前後左右が無く、360度どこからでも出し入れ可能な事です。ただ長さの違う物が混在すると使い難く、短い物・長い物には向かないという弱点もあります。ペン類の種類や長さに応じて、複数のペンスタンドを併用している人も多いかと思います。『ほそ長ポケット』には前後がありますが、長・短・太・細や形状の異なるものを、大量に一つにまとめる事が出来ます。私は机や場所を移動する際に、このポケットを持ち歩いています。机が変わっても道具類はいつも一緒なので、ストレスがありません。
 学生時代の友人に、机の前に座ると先ず数個のペンスタンドを並べ、それぞれに分類しながらペン類や文具を放り込んでいく男がいました。講義・ゼミ・試験の時はもちろん、図書館の彼の指定席には常に彼のペンスタンドが並んでいました。下宿に帰っても先ず机の前に座り、かばんからペンスタンドと文具を出し、決まった手順でセッティングします。手慣れたもので時間にして2,3分の事なのですが、いつも儀式に立ち会うような気持ちで出し入れが終るのを待っていました。
 彼が持ち歩いていたペンスタンドは円筒状のものと立方体状のものがあり、深さも素材もそれぞれ違っていました。もちろんそれぞれのスタンドに入るペンや文具は決まっていました。どのペンスタンドにもペンや文具を傷付けないように、内側に黒い布が貼ってあったのが印象に残っています。『ほそ長ポケット』は「彼が作ったんじゃないか」と思うほど、当時の彼のニーズに応えています。これだとスタンドはこれ一つで充分です。そしてペンにも優しく、シンプルで上品です。
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シャワーの友

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  高原の朝はヒンヤリ気持ちが好いと言うには、まだちょっと寒いです。サッカーのEURO2008が開幕し、また眠れない一ヶ月が始まりました。朝最初に来られたお客様が、開口一番「眠いねぇ~」と一言。「睡眠不足ですか?」「君と同じだよ!」「はい・・・(なんで知ってんだ?)」「昨日はW杯の予選もあったし、カナダGPの予選も観たんじゃない?一晩でサッカー3試合とF1で7時間以上でしょ?寝たの?」「少し・・・(なんだこの人は、ストーカーか?バレーボールも少し観たよ)」「それでちゃんと仕事してるから偉いね」「はい・・・」「最近サッカーネタが少ないね。今日はサッカーのこと書いてね!」「はい・・・(サッカー協会の人か?)」。
 昨夜から今朝にかけての私の行動は丸見えのようで、Lordの日記にプライベートな事を書き過ぎていると反省しています。一昨日の日記の「・・・個人の日記ではなくあくまでもLordのブログですから・・・」というフレーズは、一体何んだったのでしょうか。勢いに押されたとはいえお約束なので、今日はサッカーの話題です!と言いたいところですが、また「Lordの日記だろ」とお叱りをいただきそうなので、サッカーの話題も織り交ぜながらということで。サッカー観戦でお疲れの方は、本日の日記の出だしを「タカハラの朝」と読まれたかもしれませんが「コウゲンの朝」です。念のため。
 明け方サッカー観戦が終ってシャワーを浴びてから出勤するのですが、その時の感想が冒頭の「まだちょっと寒い」につながります。浴室から出るのに勇気が必要です。お客様には店内で自由にあくびや転寝をしていただいても構わないのですが、私はそういう訳にいきません。軽井沢店は高原の爽やかな場所にあります。爽やかな朝のお散歩の途中に、立ち寄って下さるお客様も沢山いらっしゃいます。私も爽やかでなければなりません。睡眠不足のドンヨリ感を振り払うには、シャワーが一番です。真夏のほんの一時期を除いて、軽井沢の朝のシャワーは爽快ですが寒さとの戦いでもあります。
 シャワーといえば、そうエーケルンドのタオルです(やっとLordの商品が出てきたぞ)。エーケルンドを使っていると、シャワーが楽しく回数が増えます。もちろんバスマットもエーケルンドです。浴室から出てエーケルンドのタオルに包まれ、バスマットの上に乗っていると本当に幸せな気分です。普段ちょっと重厚に感じる厚みや大き目のサイズの意味を、このとき知る事ができます。シャワータイムを大切にし、シャワーソープやシャンプー・バスソルト・タオルなどにこだわっておられる方は、ぜひ一度エーケルンドのタオルもお試しください。感触や機能・洗濯の容易さ等に関しては言うまでも無いのですが、何より見た目の楽しさがシャワータイムをより幸せな時間にしてくれます。
 睡眠不足が続くこの一ヶ月も、シャワーとエーケルンドは心強い味方です。そういえば冒頭のお客様は昼過ぎには東京へ戻られ、15時キックオフの東京V対FC東京の試合を国立競技場に観に行くとおっしゃってました。今頃スタジアムで、興奮しておられるのではないでしょうか。帰りに出口で振り向かれ、「昨日からずっと考えてるんだけどね、日本のサッカーを面白くするにはスピードが必要だ。どう思う?」と意見を求められました。「アディダスやめて、スピード社のユニホームを着たらどうですかね?」とお答えすると、ニコリともせずに「言っとくよ」。誰に言うのかは分かりませんが、やはりサッカー協会人だったのかもしれません。
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チェンジ

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 何かを書いていて行き詰まったとき、ペンを変えたり原稿用紙を変える事によって、一気に書けてしまう事があります。道具を変えるほどの場合は同時に、珈琲を淹れ煙草を吸いとインターバルも入りますので、何が一番効果的であるのかは定かではありません。常に同じペンや紙でないと集中できないという人もいるでしょうが、私にそういった繊細さはないようで、万年筆をサインペンや鉛筆に持ち替えても大丈夫です。もっとも現在は総ての原稿がPCですから、これはPCの前に座るまでの話です。
 思考を段階ではペンと紙を使い、何をどのように書くかが決まった段階でPCの前に座ります。PCで書き始めるとここからはもう流れ作業で、たまにメモなどを見るくらいで最後まで一気に書きます。時間的な比率でいうと、ペンを持っている時間10に対してPCを打っている時間1といったところです。このように私の「書く」という仕事は、「思考」と「作業」にはっきり分業されています。かつては書きながら考えていましたので「書く」=「思考」でしたが、年々分業化が進み、現在は「書く」=「思考」+「作業」といった構造がはっきりしています。
 PCでの書く(打つ)という作業では、先ず最初に目次を作り、あとはそこに機械的に文章を入れていくだけです。従って冒頭の「何かを書いていて行き詰まったとき・・・」というのは、厳密には「・・・考えていて行き詰まった・・・」ということなのですが、私にとってはまちがいなく書いている最中の出来事といえます。分業化の起源と推進役は、言うまでも無くPCです。ワープロソフトは脚注や目次も自動的に作ってくれますし、カットアンドペーストも自由自在です。いくら修正を加えてもページは自動的にふられますし、表やグラフも好きなように使えます。
 もちろんPCは書く為だけの道具ではありませんが、その総合的な機能が私の書くという仕事を大きく変えました。原稿は万年筆でなけばいけない、いや鉛筆だといった類のこだわりは無いので、大いに活用しています。ただ、ひとつ問題が発生しました。PCで書いていて行き詰まった時、PCを変えても一向に先に進まないのです。学生時代から行き詰まりの打開策として、ペンの持ち替えや紙の変更に頼ってきた私は、PCのチェンジが役に立たないという事実に茫然自失です。理由を探り工夫もしましたが、その過程で定着し進化を遂げたのが前述の分業でした。
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500回

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 気温差の大きい天候のせいか、周囲には体調を崩しておられる方が多いようです。お客様に教えていただいて知ったのですが、この日記は今日で丁度500回目だそうです。このブログは当初、軽井沢店の日記としてスタートしました。500回といっても、これまで書いているのは私一人ではありませんし、個人の日記という訳でもないので特に感慨はありません。毎日更新と言いながら結構飛ぶことも多いので、回数も意識したことはありませんでした。
 この日記を読んで下さる方がいて、この日記を端緒にお客様をはじめとする様々な方々とお話が出来た事には心から感謝致しております。「もっとLordの事を書くべきだ」「脱線した時の方が面白い」「商品の紹介を多くすべきだ」「商品よりエピソードを多くして」「軽井沢のことを書いて」「もっと表参道のことを書いて」「本の話題を増やして」「道具に関する話題がいい」「旅の話が好きだ」「一日一回の更新に拘らず、思い付いた時に書くこまめなブログがいい」等々。これらは今年の軽井沢店開店以来、店頭でいただいたご意見・ご要望です。
 個人の日記ではなくあくまでもLordのブログですからテーマにも限界がありますが、これまでも皆様からいただいたご要望などに、可能な限りお応えできるよう書いて参りました。御覧いただいてお解かりいただけるかと思いますが、どうも私達が考えている以上に何でもアリなようです。毎回すべてのご希望にお応えするこは不可能ですが、最低2つずつはカバー出来るようにと心掛けています。皆様からのご意見・ご要望に支えられ引っ張っていただきながらの500回であったと、改めて感謝致しております。
 「500回記念は何かないの?」「何かですか…?」「全商品500均一とか」「いや、ないです!世の中には何千回何万回と更新してるブログがありますから」「何万回は無いでしょ…」「次1000回の時教えてください、考えときます」。という訳で今回は500回をネタに、最低2つずつはカバーすると言いながら、それを全く無視した、読んで下さっている方への感謝の日記です。1000回へ向けて、更なるご意見・ご要望をお聞かせいただければ嬉しいです。どうもありがとうございます。
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遊びとルール

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 軽井沢店は明日6月5日(木)お休みさせていただきます。

 私が子供の頃は、草野球や草サッカーが『遊び』の中心でした。ちょっとした空き地があると子供達が集まり、その広さに応じた『遊び』をしていました。あの頃は住宅街にも空き地が多く、今のように囲いや立ち入り禁止の看板も無く、空き地は子供達の自由に使える空間でした。小さな子やお年寄りが集まる公園での球技は危険なので、空き地は草野球や草サッカーの絶好のスタジアムでした。現在空き地という空間を失った都市の子供たちは、液晶の向こうに無限に広がる仮想空間で『遊び』ます。
 草野球や草サッカーでは、空き地の広さや集まった子供達の数によって『ルール』が変わります。もちろんどこかに統一的な『ルール』があるわけではなく、その日その場で決まります。ゲーム中に不都合が生じるとプレーを中断して、『ルール』の変更や追加が行われます。この『ルール』の決定や変更も、「草××」という『遊び』の一部です。人数は5-5でも7-6でも関係なく、人数に応じた『ルール』を決めます。空き地の広さや形も様々ですから、丸や三角のサッカーコートもありましたし、ドッグレッグのコートや不定形なダイヤモンドもありました。
 運動の得意・不得意はあまり関係なく、バットや足にボールが上手く当らない子も楽しめる『ルール』を作ったりしていたので、毎日みんな集まって来ました。空き地の状態や集まった人数、皆が持って来た道具に応じて、野球がサッカーになったりドッジボールになったりバレーボールになったりしましたし、缶蹴りやダルマさんが転んだになることもありました。野球やサッカーが他の種目になる時の理由の一つに、女子の参加があったと思います。「野球やるからあっち行け!」と空き地から女子を追い出したのは、私の前の世代までの話ではないでしょうか。女子が入ると、『ルール』を少し変更したりもしていました。
 Lordがテーマとする『遊び』に、大人や子供といった年齢や、男女その他といった性別などの区分はありません。『遊び』に「男の××」や「大人の××」といった表現は、不粋かもしれません。『遊び』や『ルール』といった言葉の定義はさて置き、そもそもその日の草サッカーなどを楽しむ私たちの頭の中に、『遊び』や『ルール』という言葉の認識もありませんでした。「僕は遊んでるぞ!」「ルールを守らなきゃ!」なんて考えながら遊んだ記憶はありません。楽しくないと感じた瞬間には『遊び』を変え『ルール』を変え、毎日その繰り返しでした。
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境界

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 朝からの雨は、時間とともに降りが強くなっていきます。入って来られるお客様や配達の人達は一様に全身びしょ濡れで、感謝と申し訳ない気持ちで一杯です。前の通りには所々大きな水溜りができ、避けきれない車が歩道に扇のような水しぶきを浴びせています。台風の影響か風も強く、霧で白くけむる街では傘もあまり役に立たないようです。
 乳白色の通りの両側に等間隔に並ぶ木々の新緑だけが、鮮やかな色を放っています。雨音と時折通る車両が路面を滑る音以外に聴こえるのは、店内に流れるモーツァルトの調べだけ。梅雨が明ける7月下旬頃までのしばらくの間、避暑地の午後は静かに時を刻みます。梅雨が明け夏休みが始まる頃から、街の雰囲気はがらりと変わります。
 7月20日前後を境とした対照的な雰囲気には、どちらにもそれぞれの風情があります。雨と霧でひっそり静まり返ったモノクロの世界と、人と車で溢れる明るくてカラフルな世界。どちらも高原の避暑地が持つ独特な世界です。二つの世界の切り替えは突然やってきます。静かなモノクロの世界が少しずつ賑やかでカラフルな世界に変化していくのではなく、何の前触れも無く突然切り替わります。
 ある朝目覚めると、街全体が色を取り戻し眩しく輝いています。外へ出ると同時に喧騒の渦に巻き込まれ、夏のリゾートシーズンの到来を知ります。前日までの静寂とモノクロの世界は、遠い昔の別の場所のことのように感じられます。「静寂とモノクロの世界」と「喧騒とカラフルの世界」の境界は、越えると明確なのですが越えるまで見えません。ある夜を境にした街のコントラストに、避暑地の夏の儚さを感じます。
 
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煙突

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 英国で街並みを眺めていると、アパートや個人の住宅を問わずどの建物にも、屋根には個性的な煙突があるのに気付きます。形や長さはそれこそ建物の数だけありそうで、煙突だけを眺めていても飽きません。家庭用の煙突はそのほとんどが暖炉用でしょうが、セントラル・ヒーティングが普通となった現在において暖炉の実用的価値は薄れてきているだろうと思います。英国の雑誌で暖炉の中に置く電気器具の広告を見ることがありますが、石炭を燃やさなくなっても暖炉に灯を燈すというのは素敵です。
 壁際に暖炉を設けて、煙突を使って煙を建物の外へ排出するようになったのは、13世紀の後半からだそうです。それまでは屋根に空けた穴から、煙を外へ出していました。当初は暖炉一つに煙突が一本という構造だったそうで、煙突の本数で暖炉や部屋の数が判ります。15世紀以降になると、複数の煙道を一本の煙突の中に組み込む、組み合わせ煙突というのが現れました。組み合わせ煙突はデザイン的に凝ったものも多く、絢爛豪華なものはステイタス・シンボルでもあったそうです。
 英国の小説や詩・映画などで、煙突は時にとても印象的な役割を果たしています。2階の窓から外を眺めると煙突があり、屋根の上のに上ると煙突がある。空を飛ぶと、そこには煙突といった具合です。映画『メアリー・ポピンズ』でも、屋根から屋根へと歩くシーンで煙突の存在は重要でした。日本の忍者が屋根から屋根へ移動するシーンに、煙突は似合いません。暖炉用という本来の役割は果していませんが、建築上の装飾的役割はいまだに失われていないようです。煙突の無い英国の街並みというのは、ちょっと想像出来ません。
 よく暖炉を抜きにして西洋文化は語れないといった話を聞きますが、暖炉の話を聞く度に「で、煙突は?」と気になります。暖炉のことほど煙突のことがクローズアップされることはありませんが、暖炉があれば必ずその先に煙突があります。室内が暖炉を中心に造られているように、屋根が煙突を中心に造られている訳ではありませんが、煙突が屋根のみならず建物の外観の重要なアクセントになっているのは確かです。煙突の天辺に並ぶ様々な形状のチムニー・ポットを見ていると、屋根に上りたくなります。
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天然木のオセロ

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 月が替わり6月最初の日曜日は快晴です。このところのお天気は快晴か雨で、表か裏、白か黒かのLordの人気定番『リバーシゲーム(木のオセロ)』を思わせます。曇りや薄っすら晴れているといった真ん中は無く、ピカピカの晴れかしっかり降る雨のどちらかです。温度や湿度も高い日と低い日がはっきりしていて、平均値は丁度中間位かもしれません。これで「平均気温は…」と言われると、ちょっとピンと来ないと思います。エアコンの暖房と冷房が、日替わりで行ったり来たりしています。
 この日記は北海道から沖縄まで全国の方に御覧いただいているようで、最近では韓国や中国で御覧になった方からも感想をいただいたりします。冒頭のお天気の話は、このブログの発信地である軽井沢のものです。表参道のエーケルンドショップの認知度上昇や、Lordのホームページが新しくなったこともあり、最近は新しくこのブログを訪れて下さる方も増え、「どうしてLordのブログは軽井沢店の話ばかりなの?」というご質問を時々いただきます。表参道店発のブログもこの日記のリンクやホームページから御覧いただけますので、そちらもどうぞ御覧下さい。
 昨日お客様から、「表参道発のブログはEkelundという軸があって筋が通っているけど、軽井沢発のブログはブレまくっている」というご指摘をいただきました。まったくそのおりで、日単位どころか一日のテーマの中でもブレていますし、日によっては写真までブレています。このブレが、心の揺れの表出か単なる集中力の欠如なのかはご想像にお任せしますが、読んで下さっている方々に感謝して、毎日丁寧に書かなければと反省致しております。
 冒頭に登場した店頭に並ぶ『リバーシゲーム(木のオセロ)』ですが、毎年多くのお客様に触っていただき、天然の木のよさがどんどん出てきました。上質な木が使われていますので、年を重ねるごとに味が出てきます。小さな傷もありますが、それがまた使い込んだ雰囲気を醸し出しています。駒の角は少しずつ丸みを帯び、駒全体に艶が出て来ました。店内に置かれたオセロはサンプルですので、遠慮なく遊んで下さい。多くのお客様にご協力いただいて、天然木のオセロは今やLordの店内の一部分です。
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